2012年4月17日 (火)
2012年4月12日 (木)
2012年4月10日 (火)
2012年4月 9日 (月)
父に教わる
昨日、山へ行って久しぶりに入り、しいたけ菌をほだ木(原木)に植える作業をしたおじいちゃんは、どうも現役でシイタケ栽培をしていた2~30年前かそれ以前に感覚が戻ったみたいです。
「まったく良う育った」と丸井山やドレ硲(どれざこ)の木を見ながら言い、「これをじいさん(私の祖父)が見たらびっくりするじゃろうなぁ」と自慢げに話した。
父のその様子を表現するなら『80数年の人生の中で、どこかの時間が無くなった』です。ですが、しきりに私達の管理をほめてくれるので『少し感覚がおかしくなった』ことは忘れて、とてもうれしい気分になった。
昨日、夕ご飯の後、父はそのことを仏壇へ報告しに行った。
「ええ山になったなあ」ほめてくれる父に、自分で言うのは少し恥ずかしいのですが、山はよく日が射し込むようになっているし、動物のことも、杉やヒノキ以外の木のことも気を遣いながら管理していることを話した。
「おじいちゃん(父)菌植えしてから、ちいと(少し)おかしいで」と家族で話しながらも、私たちは言葉にはできない『本当に大切なこと』を教えてもらったことを実感している。
(丸井山 ・ ドレ硲 = 我家は田んぼに全て名前をつけているように、山林にもそれぞれ名前をつけている。)
2012年4月 8日 (日)
しいたけ菌植え
朝ごはんを食べながら「今日はしいたけ菌を植える」とおじいちゃん(父)が言うので、発電機、ドリル、延長コード、かなづち等を軽トラに積み込み山の秘密基地へ行った。
電気ドリルで大体1メートルに切りそろえたクヌギ原木に穴をあけ、その穴に菌を培養した駒を打ち込む。私はドリル担当、おじいちゃんと家内と娘は菌植え担当。
終始「なつかしいな」を連発市ながら気分上々のおじいちゃん。
ドリルであけた穴の数が多いとか少ないとか指示を出す。おじいちゃんは、しいたけ品評会で近畿で初めて農林大臣賞を受賞した経歴の持ち主です。ですから私は、おじいちゃんの指示に黙って従うだけ。
駒は1000個。途中から足りなくなると、昔は、自然にしいたけ菌が飛んできてしいたけが生えたから菌植え作業はしなかった。だから、もう植えなくても良い。私達の返事はもちろん「はい」
しいたけの菌植えは午前中に終わり、私は薪運びを始めた。作業の途中、地面に落ちていた薪の端っこを見て驚きました。何もしていない薪からしいたけが芽を切っていたのです。
おじいちゃんの話は証明された。
2012年4月 7日 (土)
2012年4月 6日 (金)
与ひょう?
お祝い事、入院など、親しい人に何かあるとパッチワークの押売りするのが家内の良い癖です。
贈ると決まると夜なべをする。夜、ミシンの音が浜田省吾のCDに音が変わったら手縫いを始めたと分かる。完成するまでに色合いの相談は受けるがそれ以外は出来上がるまで私も見ることがない。夕鶴のお話みたいですが、『おつう』ほどの器量よしではない。
それはともかく、ここ一週間ほど夜遅くまで作業をしていて二日前から浜省が聞こえていた。そしてついに昨夜完成したものを見せてくれた。
今回は、今までと少しパッチワークの目的が違っていた。久しぶりに出会うおてんば幼馴染の2人に贈るためだった。残念ながらひとりは急に介護している親の調子が悪くなり、二人だけの奈良行きになった。今朝、龍神バスの時間を待ちながらそう話し、到着したバスに乗り込むと見送る私とうっふに手を振った。
犬の散歩はした。夕ご飯の片付けはした。明日の朝のご飯も仕掛けた。息子も娘も協力的だ。両親のご機嫌も悪くない。私は今、ひとり『島倉千代子』を聴いている。
2012年4月 5日 (木)
2012年4月 4日 (水)
2012年3月20日 (火)
作ること
『作ることは生きること』2年ほど前の翔龍祭のテーマです。
今日は天気が良いとは言えませんが、雨の降らない休日になったので、割ったままの薪を片付けることにした。家内はぼた餅作り、娘はアンコ(意地の悪いオカメインコ)の世話、息子は花粉症・・・・。
軽トラに薪を積み込み家の薪小屋に運ぶ。前回半分は入れているので残り軽トラックに約4車運べばいっぱいになる。けれど、割って外に積み上げたままの薪は10車分はあると思う。
彼岸と言う今日のメインは、墓参りや親戚の仏参りですから、その間を縫って薪運びをする。 手順の例としては、積み込み作業をしているところへ、家族が墓参りの準備をして迎えに来てくれる。作業用のつなぎを脱いでそのまま墓へ、帰りにまた送ってもらって作業に戻る。
そのようなことを、午前中に一度、午後二度繰り返した。日が暮れ作業できなくなるまでに家の薪小屋は満杯になった。数えてみると軽トラックに6車分の薪を片付けた事になる。
作業の初めは「どうして一人でこのようなことをしなければならない」と思い、
途中から「手伝わないやつらはどんな気でストーブにあたるのだろう」となり、
「次の冬もみんなで暖まれるよな」と思うようになり、
「これで良いのだ」と私の気持ちもかわっていった。
薪1本ずつ、家族のことを思いながら手間をかけていく。手間をかけることで、誰が損とか得とかいうくだらない事をこえた暖かい薪になってくれるはずです。
















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