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2007年12月

2007年12月29日 (土)

しめ縄

しめ縄作りを毎日してます。

 

今年の翔龍祭で、村のおじいさん(美代治さん)にしめ縄作りを体験させてもらった。おかげで、下手なりに自分でしめ縄を作れるようになった。

 

季楽里での朝の散策は続けているのですが、出発までの時間帯に宿泊の皆さんにしめ縄作りを見ていただいています。

毎日ひとつずつ完成していくので、本屋に離れに山神さんのしめ縄が出来あがりました。

 

自然の素材だけで、しかも私の技術でつくるしめ縄ですから、玄関に飾っても正月の間、形が保てるかどうか不安もあります。が、そこは神様も解ってくれるでしょう。

そう思いながら、ただただ一生懸命作っています。

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2007年12月27日 (木)

寝坊をしたわけ

朝寝坊した日の朝が暗かったのは冬至だったからです。

 

 その日の夕方、テレビで冬至の話が出ていた。

「なんだ、それで暗かったんだ」

我が家では、一昨年まで冬至にあわせて親戚友人に、柚子やら手作りの品を送り続けていたが、それをやめてしまうと、冬至がいつなのかさえ忘れてしまうのです。

 

 一年で一番夜が長い日を大切にしなければならないと思う。

幸いなことは、冬至の日を暦ではなく、からだで感じていたことです。

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2007年12月22日 (土)

朝寝坊

今朝は1時間近く寝坊をした。

 

 目覚まし時計替わりのコードレスホンを別の部屋に忘れたまま寝たので、早くから目が覚めていたのに暗いので夜明けをまった。

そのうち村の6時の鐘がなったので、わが耳を疑った。

急いで両親の朝食準備をし、仏壇へのお供えを済まして家を出た。

 

 着いた季楽里も暗かった。

今朝の暗さは、誰もが寝過ごす暗さだったようだ。

 

 今朝は、暗い上に雨ということで散策のお客さんはいなかった。

最近、こんな日はストーブに火を入れる。

ストーブは、メトス(旧中山産業)の「サンセットコロラド」で360度ガラスで囲まれているから、どこからも炎が見える楽しいストーブです。

 

こんな暗い日の薪ストーブは、炎もうれしい。

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2007年12月17日 (月)

車との別れ

長年活躍してくれていたラルゴを引き取ってもらった。

 子供たちが大きくなり場所をとり始めた頃に購入した車、約10年で20万キロ近く走ってくれた。

近場への家族旅行も、両親の病院通いも、進学のときの小さな引越しもお世話になった。生まれて3ヶ月の「うっふ」をこの車で迎えに行ったし、シェリーが生んだ子犬がもらわれていくときもこの車で送っていった。

 免許を取った子供たちもこの車に初心者マークを付けた。

一番大きな擦り傷は末娘

「ガードレールに当たったけど、一瞬にハンドル切ったから軽症ですんだよ。ドアも開くし。すごいやろ私の運転」

左側面が前から後ろまでぼこぼこだった。

 子供たちが成長盛り、私たちの両親も元気、犬たちもいたずら盛り、本当はつらい時もいっぱいあったけど、そんな時期を一緒に過ごした、家族みんなの愛車です。

 車を家族のように思うのはおかしいのですが、思い出がいっぱい詰まっているからでしょうか、ずっと家においておきたくなる。

そこで、まだ車検があるうちに人に預け、今日そのまま車屋さんに引き取ってもらった。

 

やっぱり、ちょっと寂しい気分です。

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2007年12月16日 (日)

田起こし

今日から本格的に田起こしをはじめた

 

 昨年は、刈り入れのあと間をおかずに田起こしをし、れんげの種をまいたのですが、今年は案内の仕事などで手が回らず今になってしまった。

「山まつり」なので「山に入れない」となると何故か入りたくなる。そんな時「山まつりの日にふさわしい作業」はなんだろうと考え「田に行こう」と決めた。

 

 朝から小雨が降っていましたがヤッケを着込んで出かけた。久しぶりの田んぼなので、いくつも忘れ物をし、家と田を行ったり来たり。

作業は、もみがら薫炭と米ぬかを混ぜたものとなたね粕を散布し、耕運機で耕し、その後にれんげ種をまく。

1アールよりもさらに小さな田もある谷沿いの棚田ですが、1枚ずつこの作業を繰り返していきます。

 

 化学肥料は使わないようにしているので、これが次の稲作の肥料分です。 後は、お日様や風にお願いする米作りですから、分量も大ざっぱなものです。

と、いいながら1アールにぬかは1袋、なたね粕は10キロを目安にしています。決して多くの米は収穫は期待できませんが、やせて元気な稲を育てれば、少々の気候の変動にも耐えてくれるでしょうし、農薬の量を減らすことにつながるからです。

 

 稲を相手に話ができるような、立派な人にはとてもなれないので、せめて田に良いと思うことを続けていこうと思う。

 

 霜月七日  「山まつりの日」にふさわしい日になりました。

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2007年12月15日 (土)

山まつり

明日は山まつり

 

霜月七日は山まつりの日です。

いつもはお母さんがぼた餅を作ってくれて、山の小さな祠にお供えするのですが、ここ数日急用から留守なので、今回はぼた餅のかわりにもち米と酒をお供えした。

散策の林道では、空き缶やごみを拾ったあと同じように酒をお供えした。

 

山神さんの祠や、山まつりはもともと我が家にはなかった習慣ですが、ここ数年は年に二回の山まつりと年越しにはこうして山の神様にお供えをし、お参りをします。

 

私たちは、どれだけ多くの恵みを山からいただいていることでしょう。

その感謝の気持ちを心の中に持ってさえいればよいのでしょうが、やっぱりかたちにしたくて、自分が一番良いと思う場所に祠を置き、お参りするようになった。

 

なにをお願いするというわけでもなく、ただただ頭を下げるだけ。

本来の目的「感謝」くらいはとなえても良かったかといつもあとで思うのですが、それをさせないのが山の大らかさでしょう。

 

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2007年12月13日 (木)

おばあちゃんの時計

おばあちゃん(母)はよく働く人

 

 「いつ何をする」「段取りは・・・」若いときからよく働き、几帳面に仕事をしてきた。家計簿と日記は何十年と付けてきている。

季節の仕事はこよみ、一日の仕事は時計、それぞれに合わせて働いてきたのです。

 

 入院しているときも、「腕時計がほしい」といっていた。

何のために使うのかと聞くと、洗濯物が仕上がる時間がわからないからだと言った。

「動く時計が良い」そんな希望も付け加えて言った。

そういや入院前、電池が切れたのか壊れたのか、動かない腕時計を腕に巻いていた。

 

 さっき風呂に行くと、脱衣籠に新品の時計が忘れてあった。

 

いつものことで以前は「忘れてたよ」と手渡していたのですが、子ども達が家に帰っている間は、食卓のおばあちゃんの席に置かれています。

不思議に思い、ある時我が子に聞くと

「いつも、『忘れてたよ』って手渡されたら、プライドが傷つくけど、ここにおいたら朝ご飯の時、時計に気づいて、自然に一日が始まる」

おばあちゃんも『ええ孫』に育てたものだと思った。

 

今夜、久しぶりに母のよい子になった。

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2007年12月11日 (火)

退院

おばあちゃんが退院した。

 

車で一時間ぐらいの病院に入院していたおばあちゃんが退院した。

看護師さんに

「退院しても三日に一度通院が必要ですよ」

と言われたとき

病院近くの姉のところを家だと言って

「近くですから・・・・」

と退院を決めた。

 

そしてお母さんとおじいちゃんがお迎えに行き、午後家に帰ってきた。

「ふふふ・・・」

いつもの不敵な笑いで

 

結局、病院にも、家族にもうまいこと言って退院を勝ち取ったおばあちゃんです。

周辺のものは、後になって情報交換してみて『してやられた』ことに苦笑い。

医者も

「家がそんなに遠くなら、もう少し期間をおいて通院しても大丈夫にしましょう」

とのこと

 

リンパなども切っているので、これから先、畑に出てもクワなどは使えないから、誰がその番をするかが問題。

結局お母さんの監視下で

おばあちゃんは『してやったり』をするのだろう

 

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2007年12月10日 (月)

新月伐採

今日は新月伐採の日

 

 一年で一番伐採に適した日なのだそうで、今日切った木は、裂けず、曲がらず、長持ちするのだそうです。

 

今朝、季楽里龍神で偶然チェーンソーカービングの城所さんに出会った。

そして、この話を教えてくれた。

早速ロビーにおられた方たちに、城所さんを紹介し、皆さんに新月伐採のお話しを聞いてもらった。

 

 山林作業の暦は旧暦(月齢)という話しは、ずっと前に竹馬屋の長やんが教えてくれ「吉野の人たちは今もその暦で作業するんじゃでぇ」とも聞いた。

けれど、具体的なものは知らなかったのですが、始めて伐採適期のことを知ったのでした。

 

城所さんたちはこれから、丹生ノ川の山林へ行って午前中にできるだけ作業をするのだと言っていた。もちろん自分たちで祝詞を上げてから作業するのだと付け加えた。

 

 似たような話しですが、

新しい作業場(山林)に入るときは、必ず木の根元にヨキ(小さな斧)を立てかけ、その場にお酒をお供えし、手を合わせ挨拶をしてから作業にかかると言う若者もいる。

 

 山林や木に敬意を払う人たちが今も、その心を私たちの目に付かないところで形にあらわしている。

 

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2007年12月 8日 (土)

梅干

干していた梅干を少しずつ片付けています。

 

 春に漬け込み、秋の終わりに瓶から出して干し始めた梅。

秋のお日様にも雨にもあて今取り込んでいます。

一度に取り込めばいいのですが、ウラジロの収穫に忙しいお母さんは暇を見ては取り込んでいるので、のんびり片付けているように見えます。

 

 昨日お茶漬けでいただきました。

塩も少なくおいしく出来上がり、温かいお茶をかけ箸で梅をくだくと、完熟梅の甘い香りが広がります。

お茶漬け、うどん、魚の煮物、風邪のときのおかゆにと、これから先お世話になる梅干に出来上がりました。

 

 ウラジロの収穫が終わる頃には梅干の取り込みも終わるでしょう。

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2007年12月 7日 (金)

熱伝導

火を入れ始めたのが2ヶ月くらい前

 暖かい和歌山で薪ストーブはあまり似合わないように思うかもしれませんが、龍神は冷えるのです。

しかも我が家は、真冬には朝日が11時頃あたり始める始末ですから、家全体が冷蔵庫のようになります。

こんな感じが春先まで続くのです。

 そこで、昨年から活躍をはじめたのが薪ストーブ(ハースストーン社のフェニックス)、最初暖かいのはストーブの部屋だけと思っていましたが、なんとなく家全体が暖かいので、助かります。

今年10月に入った頃から焚き始めました。その頃ですと夕方火を入れると夜まで燃やし、寝る前に薪を入れておくと起きたときジワーッとストーブに暖かさが残っています。

 ストーブの余熱時間が長いのは、ストーブの3面が鉄ではなくソープストーンという石を使っているのですが、この石は熱を蓄えゆっくりさめていく性質を持っていますから、そのせいでしょう。

今は、朝の残り火に一度薪を入れ、日中は燃やしていません。

真冬には、一日中燃やし続けることになります。

 家全体が暖かいのは、

薪ストーブは、はじめはなかなか温まりませんが、時間が過ぎ温度が上がると、このぬくもりがゆっくり家の木に伝わっていく。

逆に火が消えストーブがさめても、今度は木に移った温もりがさめないからでしょう。

「薪ストーブに木造の家」、熱伝導の違いがうまく生かれています。

 推測ばかりですが、そんなことに気がついたのが、やっと今ですから、私の熱伝導は、ストーブより、木より、ゆっくりなのでしょう。

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2007年12月 4日 (火)

かみなり

月曜日の明け方からひどい雨になった。

 

お母さんが留守だったので、5時過ぎに起きて犬の散歩に出ようとした。

シェリーを迎えに小屋に行くと溝の音がいつもと違うのに気がついた。夜中に結構雨が降ったのだと思いながら2頭を連れて家を出た。いつもの散歩道はまだ暗く懐中電灯が必要でした。

 

しばらく犬たちと歩くと急に空が光った。

そのあと大きな音が響いた。

「朝のかみなりに川を渡るな」みたいなことわざがあったと思い出し、急いで家に帰った。

帰ると同時に雨が降り出した。ラッキー

そうして、朝ごはんの味噌汁を作っているとき、ついに停電になった。

先週、防災訓練の参加賞でもらった懐中電灯が台所においてあり、早速お世話になった。ラッキー

夜が明けてからはもっとひどくなり、8時頃には家の揺れがしばらく続くようなかみなりが一発ドッカーンとなった。クワバラ・クワバラ

 

天気続きをあまり気にしていませんでしたが、長く雨が降らなかったので谷の水も随分減って、飲み水に困っている人もいたと思う。

冬の始まりに言うのはおかしいのですが、月曜の朝の雨は恵みの雨になりました。

水の不足していた人のことを思うと、停電ぐらいどうってことない「ありがたい雨」だったと思う。

自然てありがたいです。

 

そうして 少しずつ、少しずつ龍神は冬になっていきます。

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2007年12月 3日 (月)

切り抜き

 事務所と名づけた小部屋へ、案内に関する書類や道具を移動し始めて、それに伴い部屋の掃除、書類の片付けも少しずつ進めています。

 

 家を離れた子供達に、新聞記事で「なるほど」とか「感動した」ものを切り抜きそのコピーを時々送るのですが、たまるに任せていました。

それらをスクラップブックに整理したのですが、開くとそこには一枚の写真と記事があります。

 

 朝日新聞2005/1/18「誓う海越え世代超え」震災から10年目の17日の早朝の様子。一人の女性がろうそくを手に涙する写真。

記事は読み返してもいません、今でもその写真を見ると心動かされます。

 

 書類をある程度片付け バルトの楽園を見ました。

もっと軽いコメディーものだとばかり思って見始めたのですが、そうではなかった。

映画を見ながらよく質問をする家内も、今日は静かでした。

 

切抜きと映画、偶然二つの感動が一つになって、「痛みを知る者のやさしさ」を再認識させられた日でた。

そういえば、朝日新聞の切り抜きに「痛みや悲しみの尊さ」のようなことを書き添え子供達に送ったことを思い出しました。

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