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2008年1月

2008年1月30日 (水)

大切な物

誰にだって大切な物がある?

 

先日、鼻の短い象のぬいぐるみを抱えた子供さんに出会った。

3歳だというその男の子は、長く使い込んだその象を大切そうにいつも抱えている。

私の作った「ムササビの飛行機」を飛ばすときには、手から離して側においた。けど一瞬だったように思う。

 

 

我が家の子供たちにもこの年頃にはそういった大切なものがあった。

「緑色のバスタオル」「‘こま’と名づけたぬいぐるみ」「乳牛のバスタオル」

他にもいいものがあったと思うけど、それ以外の物は必要がないみたいに離さなかった。

汚れても洗うことができないくらいに離さなかった。

 

 

3歳のこの子供さんを見ながら

私にとって大切な物は、他の人から見れば何の価値もないけど手放せない物は、たった一つの物は何だろうかと考えてみたけど、思い当たらない。

私にとって大切な一つの「物」が見つかれば、良いけどなあ

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2008年1月29日 (火)

師匠

 書道を教えてくださった師匠が27日に亡くなられた。

 

 今日、お葬式にお参りにしてお別れをしてきた。98歳だったそうだ。

 野球を教えていた頃は厳しい方だったらしいが、私は仙人のように穏やかな先生しか知らない。

 

 仕事でご一緒させていただいたのが縁で、「教えてください」とお願いしたのだが、途中で行かなくなったり・・・突然またやりだしたりと、気まぐれな私に気長に付き合ってくださった。

「昇段試験があるけど、今回は受けるかい?」

何度か電話を下さったのに

「ちょっと忙しいから書けないし・・・やめます。」の

返事が多かった。

13年ぐらいかかってやっと五段まで合格した。次は準師範の試験というところでやめてしまってもう6、7年になる。

 

 「人前で字を書いても恥ずかしゅうないようになってきたやろう。まあまた頑張りよし。」とほめていただいたことがある。やめようかなあと思っていたのときことだ。

 昇段試験のときには、なんどか電話で励ましてくださった。

「書きるかい?そんなこっちゃあかんのう。練習しよし。書いたらみてあげるから持って来よし。いいのを一枚だけと違うで。書いたのはみんなもっておいでよ。」と。

 怠け者の不出来な弟子は、先生から上手に背中を押してもらって何とか続けてこれたのだった。

 

 昔と変わらない遺影を見ていたら、

「書きるかい?いいやつだけとちごうて書いたのはみんなもっておいでよ。」

そういって下さった師匠の声を思い出した。

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2008年1月28日 (月)

白い雨

夕方から雨が白くなりました。

 

午後から降り始めた雨が夕方には白くなりました。

それでもまだまだ雨音が静かに聞こえてくるのでこのあたりは雪にはなっていないと思います。

このまま雨が上がると明日の朝は、家の向かいの山に雪と雨の線がくっきりと分かれて見えるでしょう。

そしてうっすら積もった雪は、松には松の、桧には桧のそして杉には杉のそれぞれの雪の積もり方を見ることができます。

 

そんなふうに雪の積もり方にもさまざまあり、普段とは随分違う景色を楽しめるだけでなく、山に新しい発見をすることもあります。

 

明日の朝が楽しみです。

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2008年1月26日 (土)

平凡な一日

 昨日一か月分の日記をつけた。

(最近は物忘れがひどく昨日のこともやっとなのに)全てを思い出せるはずなんてない。

 だから思い出せた日だけでいいやと思ってつけていくと、書けた日がきっかけになってその前後が・・・と。結構埋まってきた。どうしても出てこない日もあったが、ほとんど埋まりびっくりした。平々凡々に日を送っているのだが、一日として同じ日はない!

 驚くのは自分の記憶力にではなく、まいにち毎日何かしらかがあって平凡なんて言葉で片つけられないということにである。

 いつも楽しいことばかりとは限らないが、毎日必ず何かが起こっている。小さな波風が立つこともあれば、思いがけない発見をすることもある。地域の行事があったり、家族の誕生日もあった。出会うものもあれば分かれるもいる。

まっ、一月という月の性格上(?)なのかもしれないが・・・・。ようこんだけ色んなことがあるもんや(よくもまあこんなに色んなことがあるもんだ)。

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2008年1月25日 (金)

寒い夜

夜は冷え込むようになりました。

ストーブの部屋はよいのですが、他の部屋は息が白いです。

ここにいれば暖かいのでコタツは出していません。

石油ストーブは台所に小さなものが一つあるだけです。

ですから、こんな夜はここ以外では過ごせない状況です。

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ストーブの部屋は、暖かいだけではなくて、ゆれる炎を楽しめる、木のはぜる音が聞こえるなど、飽きてこないのがよいのです。

言い換えれば落ち着くんです。

そんなストーブのそばで家内は、元旦から今日までの日記をまとめて書いています。

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2008年1月24日 (木)

夫婦

 季楽里で若いご夫婦に出会った。仲のよさそうな落ち着いたいい雰囲気のお二人だった。聞けばこの夏ごろに結婚されたそうだ。

 私たちは結婚して30年近くになるが、新婚の頃はどんなだったのかなあと考えた。

 おじいちゃん達と同居して色んなことを助けてもらいながら、半人前の二人がなんとか今まで喧嘩しながらも一緒に過ごしてこれたのだなあと思う。

 喧嘩といえば思い出すことがある。長女が小学校1、2年生の頃のことだ。何で喧嘩したのだかは思い出せないが、(多分、布団を誰が上げるとか他愛もないことが原因だったのだと思う)朝、こぜりあいをしたのだと思う。

 学校から帰ってきた長女が、表に絵と一言を書いた手作りの封筒をランドセルから出して「お母さんこれあげる」といって渡してくれた。みると「おとうさんおかあさんけんかしないでね。アサガオの花きれいにさくからね。」と幼い手で書いた大きい目の文字が並んでいた。袋の中にはアサガオの種が何粒か入っていた。

 ドキッとして「これどうしたん」と聞くと、私たちの朝の口げんかを気にしていたのだろう。担任の先生が心配して聞いてくださったようで一部始終を話したのだそうだ。そしたら、先生がこの種を「これをお母さんたちにあげよし」といって下さったのだという。こんな思いをさせていたのかと情けないやら恥ずかしいやら・・・。

 で、その種を撒くまでまだ間があるからと台所の壁に貼っておいた。そのまま何年かそこに貼っていて喧嘩して腹が立ったとき、「おっそうや、あかんあかん」と戒めにしてきたように覚えている。

 その種と手紙は、いつかの大掃除のときにどこかに置いてそのままどうしたのかは忘れてしまった。

 だが、「おとうさんおかあさんけんかしないでね。アサガオの花きれいにさくからね。」という言葉は今も胸のすみっこに貼ったまま確かにある。

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2008年1月22日 (火)

暖かい電話

朝、お誕生日のお知らせをいただいた。

 「わざわざ有難うございます。何かお祝いをしなくてはなりませんね」

朝一番の電話は、憂鬱な電話が多いけど、家内はうれしそうに電話を切った。

電話を受ける前に、2~3回呼び出し音が鳴って切れていたから、先方も時間や内容で思案されたのでしょう。

 「今日は10才の誕生日ですよ」

そんな電話を下さったのは、白のラブラドール「はる」(シェリーの姉妹)を飼われている方でした。

「シェリー」は我が家の「うっふ」に嫁いできたので、飼い犬登録の誕生日だった1月1日を頼りにしていたのですが、今日はじめて出生の秘密を知りました。

 シェリーはいつまでたっても、落ち着きがなく、散歩の時間には吠え、「マテ」はよだれをたらたら、散歩に出るときはうれしくてくるくる回る。

でも、よその犬とはうまく付き合うし、冬イチゴも上手に食べる、おてんば。よく言えば、しゃきしゃきしている嫁です。

夫のうっふがぼーっとしているから、嫁がしっかりせねばと思っているのかも知れません。

 昨日は、家内の友人から

「なっとうしよんのよう(どうしてる)、元気にしよる(元気)?」

そんな電話をいただいたらしい。

今朝は、愛犬にお誕生日のお知らせ

照れくさくて思案するけど・・・「かけてみよう」

そんな電話をいただけることが、寒い冬には暖かい。

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2008年1月20日 (日)

大塔民族資料館

冷え込む一日。

朝から息子と一緒に割った薪を片付けて木納屋に積み上げた。

 

 午後、家内と旧大塔村にある民族博物館に電話をして見学させていただくことになった。

 

 「乙女の湯」近くの平瀬にあるこの博物館には、昔の地域の暮らしや動物、林業、炭焼き、川魚漁などのさまざまな資料があった。

日本オオカミの頭蓋骨に驚き、懐かしいもの、「そんな使い方だったのか」などの「目からうろこ」的な発見もあったり、昔の山まつりの様子がわかったりするものでした。

ここからは、地元の人たちが女性の寝顔に見えるから「乙女の寝顔」と呼ぶ山の稜線がくっきり見えました。

 

 小さな博物館ですが、時間をおいて行ったらまた新しい発見があるように思います。

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2008年1月19日 (土)

雪の思い出

雪だるまの写真をいただいた。

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 元旦は雪でした。

小さな雪だるまですが、橋の男柱にドッカと座ってます。

目は何の実だったか忘れたけど口は炭、結構凛々しい雪だるま。

 物心付いた頃、母(おばあちゃん)が雪でウサギを作ってくれた。

お盆にのせた小さなウサギの目となる実を探し、母と二人で雪の中を歩いた。寒かったけどわくわくした。

そして凍える手で真っ赤な実をウサギの目に入れました。

「ほんまもんのウサギみたいや」

多分、私にとって一番古い記憶は、この雪の日だと思います

懐かしいような暖かな写真をいただきました。

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2008年1月18日 (金)

カビとうどん

今日の夕ご飯はうどん

 

 夕方冷えたのとご飯が少ないので、暖かい麺類となったようですが、食糧倉庫を片付けていて見つけた古い乾麺、息子が先に意見を聞かれ「まあ大丈夫か」の一言でカビの生えたうどんが食卓に登場したわけです。

みんな揃って夕食となり、カビうどんの話となった。話が弾んだとき

「カビと言えばおばあちゃんのロールケーキ」

私が言った瞬間おばあちゃんはニコ―ッとした。

 

 私たちが小さかった頃はお菓子は少なく、たまに木箱に入ったカステラなどが仏壇に供えられると家中大変な騒ぎとなった。

ばれるの承知で、つまみ食いする者のいたので、母は子供に見つからないように、供え物のお菓子をよくどこかに隠したのです。

あるとき、仏壇の上の棚からカビだらけのロールケーキが発見された。

母は「まあ大丈夫か」とロールケーキを蒸して私たちに食べさせてくれた。

その頃でもおいしくなかった「けばけばしい色の乾いた果物」みたいな飾りが美味しく思えてそれ以外は相当かび臭かった。母の励ましと少しの甘みだけを頼りに兄弟4人で食べたことが懐かしい。

 

 夕食を食べながら家内が

「カビの生えたうどんもみんなで食べれば、かあと(なんとなく)美味しいもんやね」

登美屋の主婦はいつの時代もこんなものですかね

 

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2008年1月17日 (木)

こんにゃくづくり

朝から雪の降る寒い一日。

 

家でこんにゃくを作ることにし、9時半ごろから準備。

灰汁をセツのおばやんとこにもらいに行って、鍋、ミキサー、こねる用の桶、コンニャクイモなど材料や道具をそろえた。

 

1時間ほど煮て芋を軟らかくし、ミキサーに芋とその3倍の湯をいれどろっとなるまでつぶす。

桶に入れて手で粘りが出てくるまでこねる。それに温めた灰汁を少しずつ様子を見ながら加え、おもいあうまでよくこねる。

 灰汁の加減がポイント。熟練の勘が要る。(入れすぎれば固まらず湯に入れると花が咲いたようにばらばらになってしまう。足りないと芯がどろっとしたままで固まらない。

 

始めて一人で作ったので、要領が悪く、灰汁があと少し足りなかったみたいで、こぶこぶでかための蒟蒻になった。でもまあ何とか蒟蒻になった。温かいうちに作業しなかければだめなのであせったが、おもしろかった。

 早速、ゆでて灰汁抜きをし、昼食に刺身蒟蒻にして食べた。不恰好でごつごつしていたが自分で作ったものはおいしかった。

 

 もう一回分芋があるので、またやってみよう

 

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2008年1月15日 (火)

えらいこっちゃ

ブログが終わってしまう。

 

慣れないブログを娘の勧めで始めて1年足らず。

1日のうちに何度もこれを書こう、これも書こう。色々な要素がいっぱいあることに気づく日々だった。

そのうちに言葉にかえることができないくらいに、大きなこと、静かなこと、まぶしいこと、感動が暮らしの中にいっぱいあることを意識できるようになった。

この言葉にできない「何となく」がどれだけ大切か

 

ブログを書くことで日々の暮らしを見つめなおすことは、私たちの暮らしに潤いを与えてくれたように思います。

 

清貧という言葉があるらしい。

私には清はないけど、幸い貧が与えられるようになった。

お母さんが勤めをやめたからです。

ブログをはじめたのがその時期、そのことで私たちは大きなものを得た気がします。

 

娘が私たちにブログをすすめたのは、「貧しくても頑張れ」ってメッセージかもしれない。しかし、その娘の学費に今も苦労している。

 

もう少しがんばれば、清が与えられるかもしれない。

これからも胸を張って日々の感動を伝えられたらと思う。

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2008年1月14日 (月)

成人式

 13日は末っ子の成人式だった。

 

 はじめは「知らない人ばっかりやし行かない」といっていたが、幼馴染のみーこに「行かないとはどういうことか!一緒に行こうらよ。云々」と諭されたそうだ。

 「やっぱり式に行くのなら着物で行きたい、お母さんの従姉妹の振袖を借りてほしい」というので、かおりちゃんに頼むと二つ返事で貸してくれた。

 朝早く起きて、美容院に連れて行って、会場まで送り迎えをし、それから、写真館で記念撮影。「御坊のじいちゃんとこに見せに行きたい」というので田辺から御坊を回って帰ってきた。で、夜は同窓会からのお迎え。

 親ばかですが、一日中成人式に付き合いました。

 

ここからはパパ・・・・

成人式の朝

「馬子にも衣装ってなに?」

「身なりを良くしたらそれなりになるちゅうことや」

そう言いながら、服装や化粧に負けない優しい人になってほしいと願ったのでした。

親ばかですが、ちょっと期待しています。

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2008年1月10日 (木)

水漏れ復旧

ついに水道の水漏れが復旧した。

 

午後「すっさん」が来て直してくれた。

洗面台を動かし、タイルをはがし、壁を破り、床板をめくり、水漏れを修繕、また元通りに床も壁も直し洗面台もセット。

彼は電気屋さんですが、このあたりでは電気屋さんが水道屋さんになったりします。

工事が丁寧なだけでなく、誠実でやさしい人なので、これ幸いにいつも無理をお願いしてしまいます。

 

今晩からは、スイッチが入りっぱなしでも、蛇口を開かなければポンプはうなりません。

 

水漏れに気づいた年末から今日まで、使うときだけスイッチを入れるこまめな暮しでした。

不便なようですが、よく考えたらそれさえ贅沢に思えます。

 

動物たちはのどが渇けば水場に言ってのどを潤す。

子供の頃、家の流しのそばには、水を汲んできてためておく水瓶があったことを思い出します。

今、私たちは自分のそばに水をつれてきて使い放題

 

せめて、「水を大切に使う」ってことは、どういうことなのか考えていきたいと思います。

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2008年1月 8日 (火)

恥ずかしながら

恥ずかしながら51歳になりました。

お誕生日は良いですね、いくつになっても。

ママの作ったケーキを食った。

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息子、娘からパジャマが届いた。

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結婚記念日でもないのに、お母さんの分まで

「じゃ、お母さんの誕生日に、わしの分までプレゼントあるんかい」

一人ぶつぶつ言っていたら、娘から電話があった。

「お父さんが普段着てるパジャマって高いんやなぁ」

同じものを買おうとしたら高かったらしいく、なぜそんなものをうちの家計で・・・不思議だというのです。

毎日、風呂から出て寝て起きるまで着るものやからや、箸も茶碗も毎食使うから良いものを使うんや。

私は、張り切ってそう答えたあと、

身近で暮らす家族も一緒やなと納得し

子供達が送ってくれたお母さんと二人分のパジャマは、本当にうれしいプレゼントだと思った。

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2008年1月 7日 (月)

大霜のあさって

今朝から雨になった。

 

土曜日に「大霜の明後日は雨」の話をしたらこうなった。

もちろん私が今日の雨を決めたって話ではないのです。

昔から「大霜から2日目は雨になる」と言うのです。

 

おじいちゃんが昨日朝早くから薪割りに精を出していたのは、今日雨になることを予測してのことだったのでしょう。

 

ところが問題は、体力以上にがんばってしまったこと

ご飯もそこそこに「今日はしんどい(疲れた)」とおじいちゃん

雨は予測できたけど、疲れは予測できなかった。

82歳になって体力の限界に挑戦しないほうが良いと思うのですが・・・

 

これから「大霜の明日」は、おじいちゃんの働きすぎに注意しようと思う。

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2008年1月 6日 (日)

犬と田起こし

うっふとシェリーを連れて田んぼに行った。

 

 午後、年末からの田起しの続きにをするのに、犬達を連れて行った。

田に着くと、ギャーギャーと猿が柚子の木から飛び出して山に逃げ込んだ。

犬達は猿を追い払いに行くのかと思ったら田の草を食べ始めた。

彼等はとんでもない悪食でもあるがベジタリアンでもある。

 

 そして、気づいたのです。

これから田に撒く油粕も米ぬかも、犬達は大好きで腹をこわすくらい食べるということを

そこで、考えたのが「待て」と「来い」を繰り返す方法。

作業の始まりごとに「待て」終わると「来い」

田起しは「待て」で私と耕運機が田の端まで行くと「来い」何回も何回も繰り返すのでした。

犬たちは食べることも忘れ夢中で駆け回った。

 

 犬って不思議に元気

2時頃から5時前までずっとこれで田んぼの中を行ったり来たり。

作業が終わって軽トラに乗せると「もっと遊ぼう」と「キュンキュン」おねだりをする。

めでたしめでたし

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2008年1月 5日 (土)

水漏れ

我が家の水道が水漏れです。

 

 先月から電気料金が上がったとお母さんが言うので、なにが原因か考えようということになった。

3ヶ月前にポンプがこわれ交換したから料金が上がったのではとか、寒くなったからとか、色々考えたが、先月分から高くなったし、昨年同期との比較でも高いしとか、なかなか原因はつかめない。あるとき、トイレ周辺で水の音がするとお母さんが言ったが聞き流した。

 

 年末、水源の湧き水を蓄えられる8トンのタンクが空になった。やっぱり、水道のどこかがこわれて水が漏れ出て、ポンプがしょっちゅう回るから電気料金が高くなったのではということになった。

でも水漏れが見当たらず、お母さんが言うトイレ周辺も聴診器を当ててみたがわからなかった。

仕方なく私が床下に潜ることになった。

 

 そして、ついに1階トイレの壁の裏、2階のトイレに水を送るパイプから水漏れを発見。

埃だらけになった私。勝ち誇った目のお母さん。

 

 今は、水が必要なときだけポンプのスイッチを入れることにしている。

トイレ、風呂、洗濯、台所、洗面所・・・・

水も電気代ももったいないからです。

 

 家の裏手のポンプへスイッチの切り替えに通いながら、普段何気なく使っていた水が贅沢な使い方だとつくづく思う。

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2008年1月 4日 (金)

薪割り

今日から薪割りを始めた

 

 毎年毎年この時期に薪を作る。

今年は、森林組合にお世話してもらった杉、檜(約4トン)を一定の長さにカットして薪割りをすることになった。

正月に82歳になったおじいちゃん、そして私、息子3人が自己主張しながらの作業。

私がチェーンソーでカット、息子が大割をし、おじいちゃんがさらに小さく割る。

 

 節の多い木は、大きく割ったままで残してほしいのですが、おじいちゃんが苦労して細かくしてしまう。

割りづらい物は薪ストーブ用にと考えていますが、おじいちゃんはとにかく風呂用にしたいのです。

 

 ストーブは1日にみかん等を入れる農業用コンテナに1~2杯ほど薪を使い、風呂は一度沸かすのに、冬場でコンテナに3分の1程度。

これからすると、薪ストーブは非常にもったいない焚き方といえます。

ただ、これを使い始めてから、石油ファンヒーターやコタツは眠ったままなので、それなりに石油使用量も減って、薪を有効に使っているということなのです。

 

 薪を全て細かな風呂用にしたいおじいちゃんの主張。

おじいちゃんの主張には、きっと昔の「自然にやさしい暮らし」を基本にした何かが、隠されているのだと思う。

その真意は何なのか、考えながら今夜は休みます。

 

明日も、3人の「自己主張薪割り」は続きます。

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2008年1月 3日 (木)

雪の正月

雪の元日になった。

 

これまでの記憶とあわせて白い正月は3回目だと思います。

 

「暖かい年の瀬でいいですね」そう挨拶されても返事に困っていました。

わがままな話と思われるかもしれないのですが、冬は寒くなくてはならないのです。

 

ツツジが花をつけ、タカサゴユリが咲き、クロモジの芽が動き始めた冬の始まりは、山に暮らすものにとって不安材料になります。

 

強い冷え込みにはならなかったのですが、正月は私たちに雪という恵みをくれました。

 

護摩山や果無周辺にも、ある程度の積雪があったと思います。

冬の陽に少し解けてはまた積もり、解け出た水はゆっくりゆっくり地面に吸い込まれて、続く季節に豊かな水を約束してくれるような気がします。

 

本当に嬉しい雪の正月になりました。

 

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