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2008年4月

2008年4月30日 (水)

末娘帰る

蕗の佃煮を作るためにレンタンを使っています。

 蕗がいっぱい、タケノコもいっぱい入った美味しい佃煮が出来上がったので、家内はレンタン火鉢から鍋をおろし、帰ってきた娘に「これ、かけといて」とやかんを渡した「ほんまに?」「言ったとおりにしなさい」、しばらくするとジュワー。娘はやかんを火にかけず、やかんの水を火にかけた。

 そんな馬鹿娘でも帰ってくるとおばあちゃんは急に元気になる。様子が明るくなるのですがそれだけではなく、足取りが急に軽くなり、普段すり足で歩いているのにすたすたと歩くようになったのです。

 明日はピーマンの苗が入ります。少しの面積ですがみんなで定植です。なぜか毎年この定植作業には末娘が参加しています。今年も安心で美味しいピーマンがいっぱい採れるでしょう。

 

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2008年4月29日 (火)

もみ準備

今年は5月5日にもみを蒔きます。

 例年5月1日にもみ播きしていましたが、今年は5月5日に変更しました。別に4日後になっても、稲の生長にとって大した違いはないのですが、正月の次に覚えやすいのがこの日だろうと考えたからです。

 これから先、ひと月かけて田植えの準備をし、6月には育った苗を植え終わって、4ヶ月足らずで収穫できる。収穫しながら「モミ蒔きいつしたかなぁ?」「こどもの日」てな具合。そのとき、稲の力と太陽や水の有難さがわかる人、わからない人、それは様々でよい。ただきっかけ作りです。

 植える日が大切なのではなく、感じるきっかけになる日が大切と思っています。

 今日は昭和の日です。今日もみを浸けました。こどもの日くらいにはもみが膨らんで芽を出す準備をしているでしょう。そうして、みんなで良い苗が育つように願いながらもみ蒔きをしたいです。

 ちょっと追加 以前水車の紹介をしましたがまた増えました。

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縁起が良いでしょ・・・・・それだけのことです。

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2008年4月28日 (月)

アクだらけの春

毎日山菜です。

ウドもタラも蕗もイタドリもそしてタケノコも毎日食ってます。

 今日は、またたくさんタケノコが採れて、私が勤めから帰ると大きな釜に三杯めを煮ていました。息子とおじいちゃんが竹やぶを覗いたら少し見えたので、じゃちょっと行くかみたいな気分で行ったら、へとへとになったらしい。採ってきたタケノコは、皮をはいだ後アクをとって柔らかくするために米ぬかを混ぜてゆでるわけです。

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 ただ今午後8時過ぎですが、まだ茹でてます。お母さんが「火は?」それを聞いて私が火加減を見に走ります。夕方までお母さんは苦労しているので仕方ありません。

 そういえば、おばあちゃん「わしゃーもう動けん(動けない)」といっていました。そこまで無理をしなくてよいのに、と思いながら背中を支えて部屋まで送っていきました。80歳を過ぎた両親は、一旦エンジンがかかると動けなくなるまで働くのです。おばあちゃんは、お母さんに蕗を採ってきてもらい、それを茹でて皮をはぎ、そのあとタケノコ茹での監督をしたりして、あっちに歩きこっちに歩き、夕方まで大変だったらしい。

 そうして今晩は、タケノコご飯!

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 夕ご飯を食べながら、どこそこのタケノコは美味しいとか、あそこのタケノコは保存がきくとか、佃煮にはあのタケノコなど、夕方「わしゃーもう動けん」ようになったおばあちゃんが嘘のように、美味そうなタケノコの話をいっぱいしてくれた。

この春もまた、山菜ばっかり食って体中アクだらけ?です。

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2008年4月27日 (日)

もうすぐ麦秋

麦の穂が出揃いました。

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 我が家の味噌に欠かせないのが麦です。栽培をすすめてくれたのはパン屋の「Sさん」、いつも麦こなしを手伝ってくれるのは「長やん」、味噌作りを教えてくれたのは親戚の「いわやん」です。日本という国は麦も稲も育つ恵まれた環境にあるのだからとえらそうに麦を作っていますが、こういった人たちがいないと私の麦作りはたちまち挫折するでしょう。

 カモシカに食い荒らされもうだめかと思いましたが、電気柵の効果もあり例年のように穂の出る季節を迎えたわけです。

 こうして、麦の穂が緑に出揃った時期、ゼンマイの収穫を終わります。ゼンマイの出始めはただ収穫可能なものを採っていけば良い訳ですが、収穫の終りが近づくと、来年のことも考えて「この株はまだ採れる」とか思案しながらになります。先週、別の場所で転落したお母さんも今日はしっかり木につかまってゼンマイ採りの仕上げをしています。

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 栽培種も、自然の恵みも収穫するだけでなく、私たちは相互の多くの要素を考え、土を耕し、手入れをし、それでも自然を恐れながら、人に助けてもらって一年間を過ごすわけです。

 有難いことにあと一月もすれば麦秋を迎えます。

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2008年4月26日 (土)

箱苗準備とタイムマシーン

機械で植える早苗は箱で育てます。

 その箱の準備を始めました。眺めのいい場所でふるって来た土に苗用の肥料を混ぜ、苗箱に土の厚さをそろえて敷き詰めます。ただそれだけの作業なのですが、これを100枚分用意するのは結構時間がかかります。朝から息子とおばあちゃんが準備を整え作業してくれました。昼前から私も仲間に入れてもらいました。

 しばらくすると、おばあちゃんよりひと回り年上の義理のおばさん?が、隣に開業した歯医者さんに来たついでと訪ねてくれました。

 同じ地域に住みながら、久しぶりに出会うということもあって、時間の溝を埋めるように、最近の話かと思えば平成4年ごろだったり、そうかと思うとおばあちゃんが若かった頃の話に飛んでいたりしました。

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 そんな話が始まったら、畑の草引きからお昼の準備をしていたお母さんが混ざって・・・・。今のことも昔のことも話題が一つになって話ははずんでいきました。 30分くらいの間でしたが、泣いたり笑ったりしながら過去と今を言ったり来たりしていました。

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 別れ際「生きとるちゅうことは有難いことじゃよ」と確認しあって、一つのコンテナに腰掛けた2台の『タイムマシーン』は、また別々のくらしに戻って行きました。

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2008年4月25日 (金)

護摩壇山の春

護摩壇山から少し龍神側へ下りていくと山桜が満開になっています。

 毎日のように仕事で有田川町(旧清水町)へ通うようになり、高野龍神スカイラインを通り笹の茶屋から山を下りています。今日はちょうどお昼に護摩壇山を越えることになったので、ママが作ってくれた山菜弁当を食べたあと、春が始まったばかりのブナの林に少し入ってみた。

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 歩道沿いのブナはまだ芽は動いていませんが、体には水をいっぱいためているように見えます。見つけた洞の中にはコケが緑に染まり小さな春が始まっていました。

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 シロモジは芽が動き始め小さな花が咲いています。

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護摩壇山の遅い春は、あとしばらくすると急にやってきます。それを見逃さないよう仕事場に通いたいものです。

この春は仕事とは思えない贅沢なドライブの日々になりそうです。

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2008年4月24日 (木)

写真の無い思い出

 写真に撮れなかったから、いつまでも忘れられない思い出があります。

 10年ほど前、小学生だった娘と二人で3日間の金沢旅行に出た。

 ホテルの人も初めてというような、春の嵐が過ぎた朝早く犀川へ散歩に出た。家内に犀川沿いに室生犀星の碑があることを聞いていたのでそれをさがしに二人で出たのです。フロントでいただいたパンフレットのイラスト地図が頼りですからなかなか見つかりませんでした。

 やっと見つけた碑には「あんずの詩」が刻まれていた。

 では、記念写真。

 あっちゃぁ!「カメラ忘れてきた・・・・」

 仕方がないので、この詩だけおぼえて帰ろうということになり、一生懸命おぼえた。詩の前のほうと後ろのほうと担当を決めてみたり、一緒に暗唱したりした。碑を離れては確認のために戻り、忘れたといっては戻り、碑と帰り道を行ったり来たりした。

 詩は、忘れてしまっていましたが、私にとって、写真がないからこその大切な思い出です。

 あんずよ花着け 地ぞ早やに輝け 

 あんずよ花着け あんずよ燃えよ

  ああ あんずよ花着け

 

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2008年4月23日 (水)

一足先に

結婚60周年記念の写真サンプルが出来上がってきました。

 本当は、この写真を集合写真としてプリントしお届けしたかったのですが、私の選択はたまに非常識とされることもあるので、別のにしました。そこで、サンプルをデジカメで複写してのせちゃいます。

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 古い家の前は道路(元国道)で以前は、軒すれすれに大きなトラックが通っていました。高野龍神スカイラインが開通した年などは車が停滞して、自転車で用事をしなければならない時期があったほどです。いまは一台も車は通りませんから、カメラをすえて、道路に足を伸ばして座っても大丈夫。

ほらこのとおり

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 家の前を自転車で走る幼い子達を見て、甥っ子や姪っ子が幼かった頃この家に泊まりに来て夕方になるとさみしくなって泣いていたことや、道路にたまった砂で「ままごと遊び」していた我が子を思い出しました。

この日は、写真が楽しい思い出を作ってくれました。

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2008年4月22日 (火)

茶碗が3つ

 縁がが欠けていたので新しいお茶碗を買って帰った。

「有難うこれで三つになった」家内は使っていない二個のお茶碗のそばに並べながら言った。

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 末娘が一つ買って私が2つ買ったのだそうだ。「今使ってるのもお父さんが買ってくれたやつ」らしい。欠けたお母さんのお茶碗を洗うたびに、いい加減使うのをやめたらよいのにと思っていた。やっと今日それを思い出して買ってきたらこの始末です。

 そういえば箸も私が交換するペースからすると家内は随分長持ちだ。金沢のデパートにお気に入りがあり、揃いの箸を私は3膳使って無くなったが家内はまだ新品が1膳ある。

 何かと口数が多いから茶碗がいくつもあっても良い。などといえば怒るだろうけど、「もったいない」といわず、欠けた茶碗は交換してほしい。そうしてもらわないと、私はまた花模様のお茶碗を買ってきてしまいます。

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2008年4月21日 (月)

ミシン

 家内にいつも運ばされる電動ミシンは、もともとは足踏みミシンだった。

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 自転車屋をしていた父が若い頃、自転車と足踏みのミシンを交換し母にプレゼントしたものだと聞いています。もの心ついたときもう家にあり、小学生にあがった私は天板が開くこと、その下に逆さになって隠れていた本体が出てくること、足元の隙間だらけの板を踏むとミシンが動き始めるなど不思議がいっぱいで、その頃テレビではやっていたサンダーバードと重なるような機械でした。

 10数年前だと思うのですが、どっかから足踏みミシンの本体をそのまま使って電動ミシンに変えるおじさんが来て電動にしてもらった話を母から聞いた。 私はまっすぐに縫っていくだけのミシンを電動に変えても仕方ないのにと思ったものです。

 長女が生まれた頃に安くて多機能の電動ミシンを買いました。家内は子供たちの成長に合わせて服を作ったり、つくろいをしましたが壊れてしまい今はありません。

 今晩も、重たい電動ミシンを縁側の物置からストーブのそばに運ばされました。自分の「作業用腕抜き」を作っているそうです。結構ええ音が聞こえてきます。

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2008年4月19日 (土)

記念日

ついにコンクリート舗装完了

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 朝から夕方まで2人の助っ人をお願いして、ついに完了しました。生コン会社から4回配達してもらったのですが、家に帰り、その伝票を見て?4月19日・・・・?

 早速、長女の引越しを手伝いに行った長男に「ケーキ買ってきて」電話した。次に「08.4」と舗装したコンクリートに書いたので、現場に戻り日付の「19」を書き足した。これで記念日に工事したことになる。あとは、多分ゼンマイ採りに出かけた家内を見つけ「家に帰って夕ご飯の準備を終わらせて」と伝えればOK。彼女はすぐに見つかり、何故かは言わず用件だけを伝えた。

 それから、自分の用事を済ませたあと、財布ありったけのお金(\1023)で家内の好きなお菓子を買いに行った。レジで精算してもらったら1050円だった。「足りない分はおまけ」と言われ喜んで帰ってきた。「これいくら?」と何度もお菓子の値段をレジへ聞きに行ったから、かわいそうに思ってくれたのだろう。帰り道、家内の友達のKちゃんにお菓子の「お福分け」しようと家まで行ったら電話が鳴った。

 「山から道まで落ちた。何とか家には帰ってきたけど・・・・」私は車から降りずそのまま家に帰った。怪我はしてなさそうやけど頭を打ったとか、頭が痛いとかいうので、去年まで現役看護士だったKちゃんに「ちょっと様子見て」と頼んだ。家に来てくれ大事をとって街の病院へ行くことになった。病院では幸い「大したことはなさそうです」と言ってもらい帰ってきた。

 娘が結婚で新居に引越し、家内がゼンマイ採りで4メートルくらい落ちて大騒ぎ、結構記憶に残る27回目の結婚記念日となった。

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2008年4月18日 (金)

雨上がりのネギ

 昨夜は、心臓バコバコだった。

 屋根を打つ雨音を聞きながら心配で心配で、棚田を行き来する道をコンクリートで補強するために土を掘り返し、そのままにしているところにこの雨です。雨に打たれ滝のように流れていないか、そこが崩れはしないか、気が小さいといえばそれまで、雷の音がが近づいてくるとさらにはらはらしました。

 今朝、5時前から田を見に行こうか思案しながら6時を待ちました。窓からみる雨上がりの景色では、さほどではなかった様子です。それでも田を見に行くのはためらわれ朝食の準備が終わると、ネギを味噌汁に入れたくなり畑に行きました。

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自然のことは考えず便利に便利にと欲を出し、思わぬ雨や寒さにはらはらする私のくらし。霜あたり雪をかぶり春の雨に打たれても、じっとして緑でいるネギにはなれません。

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2008年4月17日 (木)

お福分け

 月曜日の話です。夕方家に帰り、車から降りると我が家の隣に開業されたばかりの歯科医院の奥さんが、なにやら大きな声でお礼を言ってくれた。初めて聞く言葉だったので聞き返すと「お福分け有難うございます」と言った。「はぁ?」すると「お福分け有難う、おじいちゃんたちのお祝いの・・・・」日曜日のお祝いのとき、私たちが冗談で作った引き出物の残りを、お世話になる奥さんに食べてくださいと家内が差し上げたらしいのです。

 「お福分け」という言葉をはじめて聴いた私は、その中に暖かい響きを感じました。普段から「おすそ分け」の意味も知ら無いのですが、何となく使いたくないと思っている私に「お福分け」は新鮮で嬉しくなる言葉でした。

 今日は、私たちを親戚だと言ってくださる知り合いを訪ね奥さんに「これを、お福分けっていうらしいよ」と手渡した。 手渡しながら、この言葉を聴く側になるのは良いのですが、言う側になるには年季が足りない気がしました。きれいな言葉には、それなりの学習か、それが似合う心持が必要なのでしょうか。

 もしかしたら、渡す側が「これお福分け」などと言わないのかもしれない。

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2008年4月16日 (水)

大切な物

 久しぶりに覗いて見た

 双眼鏡は、やっぱり右目のピント補正が出来ないままだった。

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 中学1年生の春、買ってもらったばかりのこの双眼鏡を持って、龍神村東にあった上山路中学校から虎ヶ峰の一本杉まで遠足に行った。前日父から双眼鏡の使い方を教わった。父は戦時中龍神温泉の裏山に設置された監視所で敵機の飛来を見張っていたという経歴の持ち主ですから、年季の入った使い方だけではなく、そこで起こった出来事も聞きながらの説明だった。

 遠足の日は、天気の良い日だったけど、双眼鏡で何を見たかは覚えていない。ただM君が落としてしまい、補正が出来なくなったのは覚えている。あれからこの双眼鏡は、どこに仕舞ったかわからなくなっては現れることを繰り返してきました。ここ数年、いつも私のそばに姿があるのですが、めったに覗くことはありません。 

 覗くと、補正が直っていそうな気がするからです。

 紐は両方とも外れかけていて、首に掛けることは出来ませんし、両目で覗けない双眼鏡ですが、40年近く私の双眼鏡です。

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2008年4月15日 (火)

田植え準備の前に田や畦道をなおしています。

 耕運機を田に入れるために、木の板をかけて渡っているところがあり、冬の田おこしのとき危うく落としてしまうところでした。昨秋にも別の場所で危険な場面がありました。農業機械は単純なものですが、緩やかな棚田であっても何度も危険な目にあってはじめて、我が家なりの農機具操縦法を身につけていくわけです。

 でも、危険な場所がそのままで良いはずはありません。昨日から「しげっさん」にお願いして、まず石垣の積みなおしを済ませ、今日から耕運機や農機具が通る道の舗装準備をしてます。昨夜は腰が痛くて、灸をすえ、シップをし何とか今日は作業になった。

 クワで土をかき、てみに入れ運搬機に積み込む、いたんだ場所をなおし舗装する準備です。そんな作業のなかで、田の縁に昔打ち込んだくいを見つけたり、手直ししたあとがいっぱい現れる。それぞれ田を耕した人たちが自分のためや次の世代のために、手を加えたあとです。これまで手直しをしてくれたおかげがあったから今私はこの田を耕せるのです。そして私も自分のため、次の世代のため「今なおしておいたら、しばらくは大丈夫」と田の補修をしています。

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 明日は、「たかちゃん」にも加勢をお願いして舗装工事をします。コンクリートが固まったら一番に耕運機で通ってみたくて、今から楽しみにしています。

 田は不思議です。こうして腰を痛くし、ひと鍬ひと鍬土に触れながら汗をかくような、しかも直接米の生産と関係ない作業をしていると、食料を生産するとかいったこと以外にもっと別の意味を感じています。本当に贅沢な暮らしをさせてもらっています。

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2008年4月13日 (日)

頼もしい人

結局おばあちゃんが仕切った。

 朝からお母さんは、昨日に引き続き赤飯を蒸した。昨日蒸した2升は引き出物になったり、お世話になった方に届けたりしたので、今日も2升蒸すことになった。蒸していると、頃合いを見計らっておばあちゃんがやってくる。「硬かったら、湯を上からかけるんじゃで」とか「塩が足らんときは、湯に塩を入れて上からかけるんじゃで」と言ってくる。

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 出来上がる頃には、さっきまで寝ていたはずなのに、絶妙のタイミングで起きだしてきて、「もうそろそろか?」と割り箸をもって加減を見る。ふた口も試食する。「全部食べるつもりじゃないやろう?」私が聞くと、にこっとして「これでエエ」と蒸し上がりを宣言した。

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 結婚60周年の写真をいっぱい撮ってもらい、集まった10数人がおじいちゃんの挨拶でご飯を食べはじめた。それぞれが結婚して何年になるかなどを発表しながら時間が過ぎると、おばあちゃんは「わしは寝る」と24になる孫娘の膝を枕に寝てしまった。

 庭に、クマガイソウの芽が出てショウジョウバカマが咲き始めた春の一日。

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「じゃ、お先に失礼」と帰る者がいると、おばあちゃんは「じゃ送ろうか」とムクッと起き出した。さすが、イベントの節目になると存在感を示すあたりは仕切屋と呼びたくなる。

両親の姿は10年前に結婚50年をお祝いした写真とは随分違うが、存在感は以前よりも大きいきがする。

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 今日集まったみんなは、おじいちゃんおばあちゃんの姿がどんな写真になるのか楽しみに待っている。

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2008年4月12日 (土)

熱が入って

 こんなに熱が入るとは思っていなかった。

 日曜の結婚60周年イベントに土曜から婿と娘たちは帰ってくるらしい。家内は例年の狂犬病注射が終わってからは、このとおり。

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 おばあちゃんが去年の春に収穫乾燥させておいたゼンマイを大放出、お母さんは散らし寿司の具を刻み煮込み始めた。ガスだけでは追いつかないので、ストーブが大活躍おかげで家中暖かい。どこで食べるか、何に盛るか、机は足りるかなど明日中に解決しなければならないことだらけらしい。

 私のほうは、どのように写真を撮ってもらうかを悩んでいる。思い出の詰まった昔の登美屋が良いか、我家の木を切り出し立てた今の登美屋が良いか、撮影のとき小道具はあったほうが良いか、雨だったらどうしようなどと考えている。

 おじいちゃんとおばあちゃんはといえば「昨日の雨でゼンマイが伸びとろうさか(伸びているだろから)、明日はせわしいぞ」みたいな会話をしている。

 両親はその時期に絶対にしなければならないことと、時が過ぎればどうってことなく終わってしまうこととは明確に分けているような気がする。私たちとは熱を入れるものが違う。

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2008年4月10日 (木)

確認

 「やっぱり60年じゃよ!」

 朝ご飯のとき、顔を合わすとおばあちゃんは「おはよう」より先に言ったのです。結婚して2年目に生まれた長女が58になるから結婚60周年は間違いないと自信たっぷりに説明してくれた。

 おじいちゃんの話でわかったことですが、どうも昨夜長女(姉)に電話して「お前はいくつになった?」と確認したらしいのです。

 20歳の頃、奉公に出ていた母を父親が迎えに来て「結婚を決めてきた、さあ今から帰る」と聞かされたこと。登美屋の家の前に大きなボタン桜が咲いてきれいだったこと。おじいちゃんが窓に腰掛けて、ギターだったかマンドリンだったかを弾いた話。同じ日に3組が結婚したこと。 

 今の時代には考えられないような両親のスタートです。そして子供が生まれ、その中で私たちが今を生きているわけです。父母の親同士が決めた60年前の縁談を私たちも一緒に感謝しお祝いしなければなりません。。

 話を聞きながら、人の一生は「どんなスタートか」よりも、「どのように生きるか」という積み重ねが大事かなと確認した次第です。

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2008年4月 8日 (火)

記念写真

 両親が結婚して60周年を迎える。

 次の日曜日は記念写真の日に決まりました。確か50周年のときは、うっふも写真屋さんへ行き一緒に写真に入った。シェリーが我が家に来てからは、記念写真のとき彼女も連れて行くようになりました。前回は、写真屋さんの花瓶を割ってしまった。犬たちが犯人ではないのですが、シェリーが騒がしいのでそれを止めようとした娘が割ってしまいました。これまで、家族の節目に写真屋さんへ行きましたが、写真を撮ることの一騒動も思い出として写っている気がします。

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 今回は、両親の多分結婚60年?で、長男が家に帰ってきてくれたこと、それに長女の結婚で新しく息子も増えたことなどが重なり、記念写真を撮ることになった。でも、犬で一騒動はいやなので、写真を撮りに来て頂くことにした。

 記念写真は、両親と私たち夫婦と子供たちだけのつもりだったのですが、我が家で撮ることでもあるので、両親の成果である私の兄弟に「写真に入りたい人はどうぞ」と声をかけた。すると、姉、兄、妹とそれぞれの連れ合いも来ることになった。お祝いの料理は心配するなという者も現れ写真を撮って終わるだけのつもりが大変なことになりそうです。

 我が家では、お昼の献立はちらし寿司、お祝いのお持ち帰りは、焼豚と赤飯に決まりました。今夜豚を10キロ漬け込み明日焼くことになります。米も明日精米所にもって行きます。

 一つ不安は、両親は桜の季節に結婚した話は聞いているのですが、結婚して59年かも知れないということです。でも、区切りのよい年数より、記念写真の日が元気な両親に感謝する日になれば良いと思っています。その思いは、私の兄弟も子供たちも同じです。

 

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2008年4月 7日 (月)

発芽試験

 おばあちゃんのスイッチが入りました。

 朝ご飯の準備をしているとき、窓の外に影が見えたので開けてみると、おばあちゃんが物置に入ろうとしていた。「何するん?」「モミをなぁ・・・」今年の春用に種籾を用意しているがそれをおじいちゃんの腹巻に入れるのだという。

 種籾一掴みを取り出し、まず水につける、次に不用になった靴下にそれを入れポリ袋に包む、次におじいちゃんの腹巻に入れて発芽の様子を見るのだそうだ。

 我が家には、私さえ知らない豊作祈願がこういった形で行われるのだと感心した。直感で『おじいちゃんの腹巻』という言葉が、どこかの未開の地で行われているそれと重なる気がしたのです。

 ところが、そのあと籾を水に浸しながら「去年か一昨年のか解らんし」ときた。よく聞くと、種籾がいつ採取したものなのか解らない。それでも芽が出ればいいので、おじいちゃんの体温で発芽させてみるのだそうだ。そう言えばおじいちゃんは昨日から風邪気味で熱がありそうだった。

 どこかの農業試験場みたいに種籾の発芽試験をするとは、それにおじいちゃんの熱まで利用するか?いずれにしてもおばあちゃんの「田んぼスイッチ」はONになりました。

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2008年4月 6日 (日)

眺めのよい場所で

 日曜日の午後、家内とながめの良い場所へ行った。

 稲の箱苗に使う土は毎年この眺めのいい場所でいただく。

 龍神村の夜、明かりが何も見えない場所としてここは一番空が開けているところだと思っています。子供たちが小さかった頃、大きな流星群が見える日には、ここに来て寒さに震えたことを思い出します。

 例年は、春休みの子供たちの一人を連れてきていますが、家内と来るのははじめてです。普段から関節が痛いと言っているので「ただ見ているだけでよい」といって作業を始めました。ここでの土ふるいは大切な年中行事の一つなので、唯参加していてくれたらそれだけで意味があるのです。

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 山肌から崩れ落ちた土をふるいにかけ、石を除けば立派な箱苗の土になります。ですから石が少なく良い土の多い場所を選ぶと効率がよいのです。

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 広がる景色に見とれながら作業していると、「作業服持って来たんとちがうん?」その通り。早速、作業着に着替え土ふるいをする。

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 例年この作業は、花粉症の私がくしゃみを始める日で、同時にひどい胸焼けを覚える作業でもあります。案の定、くしゃみ連発、咳が出そうな胸焼けに悩みながらの作業になりました。

 春霞の山のところどころに山桜が白く見え、空は真っ青、風がゆっくり流れ、少し汗ばみながらの作業は、いつもハイキング気分にさせてくれます。

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2008年4月 4日 (金)

エコツアー

 京都竜安寺に「吾唯足るを知る」と刻まれたつくばいがあります。

 豊かな暮らしのなかで足るを知ることが美徳だったのでしょうか

 昔の山のくらしの中では、逆に足るを知らなければ生きていけないものだったのでしょう。限られた耕地に合うだけにくらし、限られた水に合うだけにくらし、山の恵みに合うだけにくらす。

 便利になった世の中、山の中でも少しずつそういったくらしはなくなりつつあります。しかし、父や母、近所の年配の方たちのきまりや、行いの中をよく観察すると「足るを知る」や「自然への畏敬」を感じることがあります。

 まさにそれは、今を生きる私たちが見直していかなければならない、くらしであったり、自然観であったりすると思うのです。暗いイメージがありますがそうではなく、感謝や笑い喜びの中にも当てはまるものが沢山あります。

 私たちはよそから来られた方に、これらのことを伝えたくて、散策という名のエコツアーを行っています。家内と二人で都合のつく方が出かけますが、定期的に二人で出かけ、一人が案内しもう一人はその内容をチェックし、評価することにしています。

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 評価は、悪いところ、良いところ、改善点、感心したこと、見習いたい点など書き留めた内容を出して話合います。そうすることで、不思議なことに暮らしや自然の中で見つけたことが、「本当はこんな深い意味があった」と気付くことがあるのです。

 竜安寺の「吾唯足るを知る」は・・・「もういいや」でも「もう満足」でもなく、もっと深い意味があるように思いはじめました。

 

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2008年4月 2日 (水)

 麦がやっと伸び始めました。

 カモシカに散々食われ、どうなることかと心配していた麦ですが、少しずつ成長しています。あまり元気に青々としてない分、先日からの寒さもなんのその小さな緑ですが、育ってきています。

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 麦を植えている長通り(ながとおり)とよぶ田は、私たちがつけた名ではなく、ずっと以前からの登美屋でよばれている名ですがどんな意味があるのかは知りません。乾燥場(しいたけを乾燥するための小屋)の近くにあり、様子を見に行くのも楽で、両端がそれぞれ別の谷に接しているので、水の便もよい田です。

 今年は、この田で麦を収穫し、その後は味噌用の大豆と黒大豆を植える予定になっています。うまく収穫が出来れば味噌用の穀物は全て自家製となるわけで、今からそれを楽しみにしています。

 麦を作り始めて10年近くになると思いますが、思い通りに収穫したことは一度もありません。いつもいつも何らかの失敗を繰り返してきました。ありがたいのは「麦が怒らない」ことです。何年、何回、失敗を繰り返しても怒らず、また蒔くと何とか芽を出してくれます。

 この春からも、麦や稲や作物に甘えながら、耕して生きたいと思っています。

 

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2008年4月 1日 (火)

ついでに・・・生ゴミ

 次の動きを家内に言うと必ずといってよいほど「ついでに・・・・」と何かさせられる。

 午後「これから乾燥場の片付けに行く」と言った途端に「そこのそれ(最近具体的な名称を言わない)堆肥に持って行って」とポリバケツに入った生ごみの処理を頼まれた。まだいっぱい溜まっているわけではないのに・・・・と思いながらも「はい」(良い返事は生まれつき)

 残飯、野菜クズなどはもちろん、油や醤油の濃いものや飲み残しのスープなどは台所から流さず残飯用のポリバケツにいれます。それを乾燥場下で納屋の隣にある堆肥プラントに入れます。プラントといっても、この通り木枠で囲っただけです。ここに家の生ごみや畑からの不用な草などをいれ土をかけるだけです。分解は、かけた土の中にいる自然の力に頼ります。

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 2箇所あるのは、一方がある量まで入ったら、寝かせるためです。今は左側に入れています。右側はホコホコの土になっていて、虫やミミズがいっぱい暮らしています。時々ここで採れたトマトを食べたり、ジャガイモを収穫することもあります。おじいちゃんはこれを畑に入れたくて入れたくてうずうずしています。

 囲いの周りにはタヌキが来ないように柵が通っていて夜は電気が流れます。トタンをかぶせているのはカラスが来ないようにするためです。ここがタヌキやカラスの餌場になると、生ゴミは効率よく処分されるように感じると思いますが、彼らの環境には決して良くないからです。

 こうして出来上がった生ゴミ堆肥は、積み込んでいたときの臭いも無くなりきれいな土になります。ここでの私たちのくらしは全てが環境にやさしいわけではありませんが、ちょっとした手間を惜まなければ、少しはそれに近づける気がするのです。

 それからすると、家内の「ついでに・・・・」は環境にやさしい発言なのかもしれません。次からも「はい」と言うことにします。

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