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2008年4月 4日 (金)

エコツアー

 京都竜安寺に「吾唯足るを知る」と刻まれたつくばいがあります。

 豊かな暮らしのなかで足るを知ることが美徳だったのでしょうか

 昔の山のくらしの中では、逆に足るを知らなければ生きていけないものだったのでしょう。限られた耕地に合うだけにくらし、限られた水に合うだけにくらし、山の恵みに合うだけにくらす。

 便利になった世の中、山の中でも少しずつそういったくらしはなくなりつつあります。しかし、父や母、近所の年配の方たちのきまりや、行いの中をよく観察すると「足るを知る」や「自然への畏敬」を感じることがあります。

 まさにそれは、今を生きる私たちが見直していかなければならない、くらしであったり、自然観であったりすると思うのです。暗いイメージがありますがそうではなく、感謝や笑い喜びの中にも当てはまるものが沢山あります。

 私たちはよそから来られた方に、これらのことを伝えたくて、散策という名のエコツアーを行っています。家内と二人で都合のつく方が出かけますが、定期的に二人で出かけ、一人が案内しもう一人はその内容をチェックし、評価することにしています。

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 評価は、悪いところ、良いところ、改善点、感心したこと、見習いたい点など書き留めた内容を出して話合います。そうすることで、不思議なことに暮らしや自然の中で見つけたことが、「本当はこんな深い意味があった」と気付くことがあるのです。

 竜安寺の「吾唯足るを知る」は・・・「もういいや」でも「もう満足」でもなく、もっと深い意味があるように思いはじめました。

 

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