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2008年5月

2008年5月31日 (土)

さなぶり

ついに、さなぶり(田植え終了の日)を迎えました。

 先日田んぼの立ち話でおさやんに「そろそろ麦刈りじゃあのう」といわれ、そろそろ田んぼ遊びはやめようと決め、今日小雨が降る中、残っていた谷辺の田植えを午前中に終了し、田植え機も洗って片付けしました。

 おやつはイチゴジャムをのせたパン。

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 保存するため瓶詰めされたものですが「さなぶりやから良いか」とシュパッと音を立ててふたを開けいただきました。アオハタのような完成度ではないのですが、とても気持ちに美味しい家内の作ったイチゴジャムです。

 夕方家に帰ると蕗が摘まれてきていた。おばあちゃんの依頼でお母さんが摘んできたものだといいます。

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これを茹でて明日皮をはぎ、蕗の佃煮を作るのだそうです。田植えをじっと眺めながらおばあちゃんは蕗のことを考えていたのでしょう。今年3度目の佃煮作りが始まります。

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2008年5月30日 (金)

さて、どうしよう

 4区画に分けて作業計画を立てる登美屋の田んぼですが今日で3区画の田植えが終了しました。

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 柳田の田植えです。うちで一番面積が広く、一番位置が高く、一番土が深い柳田です。後ろから人が付いて歩く我が家の田植え機では、せっかく植えた苗を操作する人が深い田を歩くだけで、泥の中に苗が沈んでいくので、ここの田植えだけは乗用田植え機を虎太郎おじさんに借りてきます。

 今は、道路がそばまで来ているのですが、以前は下の道から10分ほど歩いてここに来たものです。田を起すのも、肥料や資材を持ち上げるのも、収穫した米を持ち下ろし倉に持ち込むのも大変だったことでしょう。何十年もこの柳田を耕してきた両親の思い入れは随分なものです。

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 今日も、腰の曲がった父が苗運びをかってで、足元がおぼつかない母は家内に付き添われ畦に座って田植えの様子を見つめていました。それぞれがそれぞれに「さて、次はどうしよう」と思っているのです。

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2008年5月28日 (水)

わさ植え

 登美屋の田んぼは、おもに西明(にしみょう)というところにあります。薬師堂の西にあるからでしょうか、その田が昨日植え始めでした。この植え始めを『わさ植え』というらしいのです。

 わさ植えの前日は味噌の仕込みで寝たのが2時ごろでした。いつか『眠るのにも体力がいる』と聞いたことがありますがそのとおり、5時には目が覚めて田に行きました。わさ植えの夜は、田の中を足袋で歩いたこともあって眠くて寝ちゃいました。

 それはともかく、植え始めは西明でも、その中の区画で言うと『西の岡』植え始めは、一番上の山際『丸田』そして次が『腰切れ』ここの田植えが始まるとおじいちゃん登場。

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 片方の端は山側に広くもう片方は川側に広く中間は狭いのです。田植え機で田を植える人ならこの苦労がわかると思います。しかしこの田の楽しみは、腰が切れたスタイルの良い女性を想像しながら田を植えること。でもスタイルが良いだけにてこずる田が『腰切れ』です。私たちがつけた名ではなく、ずっと以前からそう呼ばれていたようです。今日も、しまいにはおじいちゃんも「もう適当にやれよ」となった。

 周辺の田からは随分遅れていますが、順調に田植えは進んでいます。味噌の仕込がうまくいっているように。

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家中が糀のにおいに満ちています。

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2008年5月26日 (月)

田植え?

 田植えをまだしてません

 ハウスの中で苗は成長しいつ田に植えても良い状態になっています。

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 待望の雨で田植えのタイミングは最高なのですが、勤め先から呼び出しがはいったり、うっふのおできが落ちたり、薪ストーブ用の丸太を引き取りに行ったり、案内人の仕事が入ったりして何となく忙しい春です。田んぼ計画に何か別の用事が入ると、二度手間になることが多いのですが、とにかく泥遊びの延長と考えているので楽しくて楽しくて。

 今夜も田んぼの作業が終わったのは8時過ぎ。夕食後は味噌作りの準備で、麦と米を蒸しています。毎年秋のはじめに、味噌を仕込み1年寝かすのですが、あまりに美味いので減りようが早く、昨年仕込んだ2斗では足りないことに気付きました。この時期に出来るかなと思案していましたが、若いとき味噌屋に勤めていた御坊の母に聞いたら「今が一番良い季節かも」というので急遽仕込が決まった。

 家で育てた麦と大豆と米ですが、これに麹菌を入れるだけで美味しい味噌が出来る。自然のなかで植物が育ち、米や麦が収穫できるのも不思議といえばそうですが、味噌や醤油が出来るのも不思議なものです。

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 蒸篭から湯気が上がり始めました。薪がカマドではぜる音も聞こえてきます。あと1時間もすれば米が蒸しあがりそのあと麦を蒸して、菌をふりかけ寝かせば今夜の作業はおしまいです。(ちなみに写真、手前の鍋では蕗の佃煮を作っています)

 明日から少しずつ田植えを始めます。田植えが終われば麦を収穫し、そのあとに大豆を植えます。秋には大豆と米を収穫し、またそれらで味噌を作る。こんな楽しいことを急いでするのは馬鹿らしいので、ゆっくり作業します。

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2008年5月25日 (日)

うっふ縫う

 お尻のおできのとれたあとは、コインサイズに皮膚がなくなっているので、こんなときだけ私が神様扱いする獣医さん縫ってもらうことになった。

 昨日の出血で、お尻や尻尾の周辺は固まった血で黒くなっていた。散歩では普通に歩き、元気なうんこもしたので安心した。病院へ行くため、毛についた血を洗い流したら、肛門近くの皮膚もなくなっていた。すごく痛々しく、尻尾を振るだけでも傷口が動き、つらそうに見える。うっふはこれから病院へ行くのが解るのか、車に乗るのを嫌がります。止血に傷口を圧迫して息子と二人で町に出た。

 病院では局部麻酔でしたがそれでも痛いのでしょう、我慢強いうっふが時折体を緊張させます。二人で動かないように胴体や足を押さえていました。無事に治療も終わり帰るとき「お大事に」と獣医さんがうっふに言ったので「お前に痛いことしたのはこの人だよ」と教えてやりました。

 帰り道は安心したのでしょう、ふせしてうつらうつら。

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 家に帰ると、犬って賢いですね。痛いことの原因を作ったのは「お前だ!」と言うように「うっふ」と声かけても私に背を向けたままでした。お見舞いに来たおじいちゃんやおばあちゃんには愛想するのに・・・・

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2008年5月24日 (土)

うっふ頑張る

うっふはオスのラブラドール。うっふはフランス語で「たまご」のことです。

 子供たちが幼かった頃「たまごっち」が流行りほしがるので、じゃ本物を飼おうと探して見つけたのがうっふです。そしてシェリーがお嫁さんに来てくれたのです。 私たちは犬に「待て」を教えながら、待つことの大切さを教わり、言葉の通じない犬たちに、心の持ちようを教えられ、つらいときに慰められ、うれしいときは分け合う暮らしをしています。

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 うっふは、2~3年前しっぽの近くにおできが出来てだんだん大きくなってきた。散歩のときなどそれはまるで、うんこしながら歩いているように見えてかっこ悪かった。

 私は農業大学校で畜産をちょっと勉強したこともあり、ホルスタインの去勢に「強烈な輪ゴム」でぎゅっと締め、ある期間が過ぎるとポロリと落ちたのを思い出し、うっふのおできの付け根をひもで結ぶことにした。

 先週それを実施しました。いつも玄関で寝ているうっふですが、4~5日後からひどい匂いが家中に広がり始めた。今日散歩に行くとそれが落ちるのか、血が出始めたので家に帰り、神頼みの獣医さんから止血方法と消毒を教わった。

 夜、無事に消毒も終わり、薬も塗り、作業完了。「ごろん」状態のうっふを開放してやると安心したのか力いっぱい「ぶるぶる」をした瞬間血が飛び散り、大きな肉の塊が落ちた。

「明日からお前は元通りのカッコええラブラドールに戻れるぞ」止血のテープと、運動抑制のシーツに包まれたうっふを抱きかかえ、「もう大丈夫やぞ」今晩の寝床へ運びながら家族で口々に慰めてやった。

 うっふは今、固定されているのがいやなのでしょう時々ため息ついています。安心もしたのでしょうか寝息も聞こえてきます。私たち家族の人間は「座れ」など少しの言葉を教えただけなのに、家族の犬たちからたくさんの大切なことを学んでいます。

 今晩は、うっふのそばで眠ります。

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2008年5月23日 (金)

麦秋近づく

 先日4区画のうちのひとつ、中西にやっと水を溜めましたが、谷の水が乏しく今は干上がって亀裂が入っているところもあります。通りがかったあいちゃんが「まあ見よってらんせえ、もうじき雨ん降り出さ(もう少し待ったら雨が降るようになるよ)」と声をかけてくれた。

 暗~い気分になりかけていたのですが、居直るでもなく、すーっと気が楽になった。天候に逆らって少ない水を集め、田に溜めようとするより、水持ちの良い(水漏れの少ない)田に仕上げようと言う気になった。

 ふと見ると、麦の穂が色づき始めています。鹿に食べられて一時は収穫できないと思っていた麦が立派に生長し、穂も十分に実っています。自然は人の思い通りにはならないけど、立派に作物を育ててくれるのです。

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2008年5月22日 (木)

美味しさ

 夕方家に帰ると、家内の姿が家庭菜園に見えたので、行ってみると、白い寒冷紗で覆われた中にイチゴが色づいていました。「ほらそこに、ええ色の・・・・」おしえてくれたので摘み取り、すぐに食べてみた。「家のイチゴは美味しい気がする」帰りながら言うと「ちょっとすっぱいけどね」と家内。

 そのとき気付きました。美味しいには「口に美味しい」もあるけど「気持ちに美味しい」もあるということを。

 食材となるものが、どの畑でとれたか、誰が育てたか、そのような育った様子や、調理する人などの要素が身近であるほど、料理は「気持ちに美味しくなる」と決めました。

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 翌日の朝ごはんです。タケノコ。黒大豆。アスパラガス。イチゴ。蕗。ご飯。味噌汁。全部家で採れたものでした。「気持ちに美味しいもの」毎日いただいて贅沢な暮らしです。

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2008年5月19日 (月)

我田引水

 まとまった雨がなく、もう谷には水がないはずなのに、田に引き入れたホースから水が来る。別の田を見に行ったら、引き入れているのとは別に誰かのホースが田に入ってどんどん水が流れ込んでいる。「水が足らなんだら、ポンプで送ろうか?」等々・・・・皆さんが気遣ってくれる。

 決められた場所から決められたルールで水を確保し、自分が責任を持って稲を育てるのが本来です。ですから、決まりに従った我田引水が正しく、私のように人に甘えた他田引水(そんな言葉はないけど)は反則といって間違いないと思います。

 これまで私は、谷の水に見合っただけの水田を耕し米を収穫するのが棚田の基本だと考えていましたが、人の情けもないと米作りは出来ないのかもしれません。田に引き入れる水もそうですが、あいちゃんが「そが、働くもんじゃない」と言ってくれたのも、棚田での米作りに含まれる情けなのでしょう。

 自然や田や周囲の人たちは、そんなことを私に気付かせてくれた後、今晩の雨を降らせています。

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2008年5月17日 (土)

正義の味方

子供達から、父の日・母の日・誕生日などに、色々なプレゼントをもらった。

小さい頃のそれは、田や畑で摘んできてくれたかわいい草花だったり、手作りの封筒に入れた手紙、肩たたき券やおつかい券だったりした。

 大きくなった今は、財布とか、パジャマなど身に付けるものに変わってきたが、どれも何が良いかきょうだい3人が頭を寄せ合って相談して決めてくれたもののようだ。

今までにもらったもので

 一番驚いたのは、「おかあさ~ん、これみてえ~。あげるう~」と息子(小1だった?)がにこにこして自慢げにだっこしてきた白い大きなおなかのごとびき(ヒキガエル)。私は実はかえるがだいっきらい!叫びそうになったが我慢した。卒倒すると思ったぐらい背筋がぞおお~っとした。

 笑ったのは、上の娘(小2だった?)がくれた自作のおつかい券。可愛いヒヨコの絵がついたものだったが、下の方に「ただし、卵だけはごかんべん!」というただし書きがついていた。(これより以前に卵を買いにいかせたら、落として?すべて割ってしまったことがあったのだ。)

 もう一つ、雪が積もると思い出すのは、末っ子のくれた言葉。「おかあさん、心配ないって!正義の味方がついてるって!」(正義の味方とは、どうやら自分をさしているらしい…)

 末娘が4,5歳の頃のことだ。子ども達3人と御坊の実家に遊びに行こうと車で家を出たら、雪が降りだし、あっという間に辺り一面真っ白になった。「どうしょう・・やめて引っ返そうか・・なあ。」と迷っていたときの末っ子の言葉だ。その声に背中を押されて出ていくと決心。少し走ったら嘘のように雪はなくなり御坊はよく晴れていた。 

 いつも子ども達からは色んな形のおくりものをもらってきた。今でも「正義の味方」達に色々教えてもらって生きていく道を探っている。そうしていると結構面白いものに出会えることが多いのだ。

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2008年5月16日 (金)

今朝気付きました。

 腐れ木という田があります。我が家の全ての田には名前が付いています。以前から名がある田とそうでない田があり、名のない田の名を数年前に家族に募集し、『腐れ木』となった。

 お茶を摘むときの足場にと、田の上の斜面におじいちゃんが杭を打ち、桧のさおを沿わせていました。その木が腐ってきていて、まだ幼かった末娘の見ている前で、足場が壊れおばあちゃんが滑って水の溜まった田んぼに落ちた。

 おばあちゃんが無事だったのと、どろどろになったおばあちゃんの姿が重りおかしくて忘れられないそうだ。それで『腐れ木』

 今朝、日が当たるまえ、腐れ木の畦塗りしながら気付いたのです。

 時間の単位で考えると、生きている時間より、生まれるまでの時間や、死んでからの時間のほうが遥かに長いこと。生き物として姿が与えられた時間は一瞬で、はかないものだと気付いたんです。

 仕事やお金や屁理屈や言わず、出来たら人に腹を立てず、人や周りのものにやさしく一生懸命生きることにします。

まずは畦塗りから。

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まだちょくちょく薪ストーブ焚いてます

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2008年5月15日 (木)

石積み

 10年近くまえ、『西の岡』のあぜ道を耕運機が通りやすいように石積みしてくれた父の従兄弟が亡くなり、今夜二人してお通夜に行ってきた。

 高さ2メートルほど長さ10メートルあまりの石積みが、棚田の移動をすごく楽にしてくれている。スイッチバックの道にバイパスが完成したようなもので、ここを通るとき時折その人のこと思い浮かべた。

 今日は、別の場所にいながら、ありがたい石積みと亡くなったその人を思い出していた。

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2008年5月14日 (水)

期待はずれ

 雨が降るので「朝早くから耕運機動かしてもいいっか」5時過ぎに田んぼに行ったけど、やっぱり気がひけて6時を待った。雨脚が一瞬ひどくなった5時45分我慢できずにエンジン始動。雨が降るのに田にはうまく水が溜まらず、そのうち雨も上がってしまった。

 「あ~あ期待したのに」それでもエンジンは止められず耕運機について歩いた。小1時間も過ぎたとき雲が切れたのか、さーっと明るくなった。

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 西の岡に射した朝の光は、「作業が思うように進まないことぐらい、どうってことない」気分にしてくれた。

 田に行くのが楽しくて夜明けに目が覚める。私は、耕すためだけではなく、このような経験を期待して田に立ってるのかもしれません。明日は、どんな感動がめぐってくるだろうか。

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2008年5月13日 (火)

昼に降れば良いのに

夕方から雨になりました。

 勤め先ではISO9001の審査が2日間あり、やっと終わった。審査員に「終わり?帰るよ」家に帰ると田んぼに直行。

 棚田では自分が作付けする一番上の田は、豊富な水と雨、それも土砂降りの雨が降ると最高にうまくいくのです。2番目からは上の田に溜まった水を一気に流し込んでドロドロにかき混ぜると、簡単にひて田ができるのです。我が家の4区画のうち「西の岡」と「谷辺」はこの作戦でうまくいった。で、今日は夕方から「雨」という天気予報だったので急いで田んぼに向かったわけです。

 棚田は畦からの水漏れを止めておかないとなかなか田に水は溜まりません。今回の田は、一番上の田ですし、長く畑として使っていたのでうまく水が溜まってくれるかが心配で、今日を逃すと次の雨まで「ひて田」はお預けになる。

 よく考えたら、夕方からの雨で日が暮れてから耕運機を使うわけには行かないので、畦だけドロドロにし明日の朝まで降る雨に期待する作戦に変更して、作業したけど甘くはなかった。畦際だけでも水は思ったようには溜まってくれませんでした。

「夜の雨が昼間降ってくれたらなあ」と思いながら、身勝手な自分に気付く。田は私を見放しはしないでしょう。あと2区画。また、ゆっくり泥遊びします。

 

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2008年5月12日 (月)

田んぼが何かを

 冬の間、静かだった山がにぎやかになってきています。暗く沈んでいた緑、葉を落とした木、それらが元気に動き始めたのです。よく見ると緑にも様々な色合いがあって、それぞれの木で色合いが違うだけでなく、1本の木のひとつの枝でさえも、付け根、中ごろ、先っぽでも違いがわかるようになります。

 最近は田を耕しながら、そんな景色を楽しんでいるわけです。

 「いい加減に仕事をおいたら、そが働くもんじゃない(そんなに働くものではない)」と夕方通りがかりのアイちゃんにしかられた。けど、私には働いている意識はない。確かに月末には、田植えをしたいという意識はあるけど、実際は子供が泥遊びしてるのと同じ状況です。

 影がさっと地面を通りぬけると、空にトンビが舞い、しゃっしゃっしゃっしゃっカラスの羽音、モズやイソヒヨドリがミミズや昆虫をさがし、藪からキジの声が飛び出してくる。カエルやイモリが耕運機のそばを一生懸命泳ぐ「危ないっ」ロータリーを止めることもある。

 台風の風が、麦の穂を揺らし、藤の花びらを散らし、遠くの竹が揺れ、その風が通り抜けるだけで、色づいた山が一瞬様子を変える。そうしてみていると目に見えない風の進む方向が見えてくる。

 変わらないと思い込んでいる景色の中に何を見つけるか、何を聞くか、何を思うか、特別な準備は要らず『ただ、そのとき、そこに』いればよいのかなと思います。田んぼが収穫まで水を保ってくれるよう、ゆっくり丁寧に耕す。そうすることで、田んぼが何かを教えてくれそうです。

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まだ、薪ストーブ焚いてます。写ってませんが、ママはストーブの前でうたた寝してます。

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2008年5月11日 (日)

いっぱいあり過ぎて

 ついに田んぼに水を溜め始めました。周囲は田植えが済んでいますが、我が家の田んぼは乾いたままでした。幸い土曜日は雨になったので午後はひて田(田んぼに水が溜まった状態)にする作業をしました。田に水を引き込み耕運機でかき混ぜ泥田にするのです。雨が降っているので、土は十分に水を含んでおり案外時間をかけずにひて田が出来ます。今日も引き続き同じ作業です。

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 60周年記念の写真が出来上がり届けくれました。楽しみにしていたものなので、他の写真も含め送り先別に分けた。みんなの思い出の家や、おじいちゃん自慢の庭、それぞれが楽しい時間をすごし、それが自然な姿で写真になったことが、うれしい。

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 明日は、春の山まつりです。夕食後お母さんが小豆を炊き、ぼた餅を作ってくれました。さっき山神様をおまつりしている山の小さなほこらへお供えに行って来たところです。春の山まつりをしているのは、この周辺では我が家だけのようです。

 夕方田んぼの作業が長引き帰りが遅くなりました。昼間摘み取ったお茶は息子が煎ってくれ、その後タケノコ掘りもしてくれたそうです。家に帰るとおじいちゃんがうれしそうにそのことを話してくれました。

今日は母の日。毎日が母の日だからそれでよいでしょう。

今日はまだまだいっぱいあり過ぎて書ききれません。おやすみなさい!

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2008年5月 9日 (金)

お茶

 この時期に一年分のお茶を摘みます。先日に引き続きお茶摘をしました。おばあちゃんの電話攻撃で姉も呼び出され茶摘みに参加です。茶摘みは一枚一枚ただ摘むだけの作業です。そうして手以上に口が動くから、摘みっぱなしの喋りっぱなしで一日を過ごす。口が動くと手も動くので、喋った分だけお茶を摘んで帰ります。

 夕方には、摘み取ったお茶の葉を煎る作業が始まります。そのための大きな釜があり直火で熱せられた釜に葉っぱを入れる

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よい音が響きます。パチパチとブツブツが混ざったような快い音です。それを大きなしゃもじで焦げ付かないように、しかも熱がたまるように混ぜてゆきます。

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煎りすすむと始めのかさの5分の1くらいになります。熱がとおり全部の葉が熱を持ち良い香りがし始めたら釜から取り出します。

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今度はその葉を袋に入れひたすら揉みます。

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よく揉んだら、これをむしろに広げ天日に干し、からっからに乾いたら保存用お茶の出来上がりです。お茶として使うときには、ひと月分くらいをこれまた専用のお茶煎り鍋で焙じるのですが、このとき家中が良い香りに包まれます。

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2008年5月 8日 (木)

寝具柄の歴史

もみ蒔きが済んで箱苗をハウスに並べた後の写真です。

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 まったく覚えのないもの、何となく使っていた気がするもの、様々な生地が並びます。

 箱苗の発芽を良くし、成長をそろえるなどの目的でハウスに並べた苗箱に布で覆いをします。出来れば広いものがよいので、布団に使っていた布や布団カバー、シーツなどを使います。

 登美屋が筏宿をしていた頃のものもあります。私たちが子供の頃は兄弟が一組の布団に入ることもありましたから、冬など先に布団に入れと言われると冷たいしごわごわでいやでした。そんな思い出の柄もあります。

 苗箱の日覆として、この時期に10日ほど使うだけの布なので、少々痛んでいる生地でも使えます。ですから、いつの時代に使ったかわからないものまで登場するわけです。気付かぬうちに、ゆうんつきて(布がちょっとのことで破けるような状態)このハウスでさえ使えなくなり姿を消したものもあるでしょう。私が見る中で確かに以前『古い』と思っていた生地が少なくなっています。

 毎年、箱苗を育てる時期に『登美屋の寝具柄 歴史展』が同時開催されるというわけです。ことしその仲間入りしたのが、息子の布団カバーです。

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2008年5月 7日 (水)

ひとつ

 おじいちゃんとおばあちゃんそれにお母さんの3人でお茶を摘み始めました。先日からおばあちゃんが茶摘みに来ても大丈夫な場所をみんなでさがしていました。畑の隅、田んぼの岸、何も作れない傾斜地等にお茶の木が点在しているのです。今日の取っ掛かりは薬師堂近く柳田のそばに決まりました。鹿避けの電気柵を外し、道は草を刈りどの茶の木を摘むか決める。VIPでもここまではしないだろうというくらい大掛かりなプロジェクトになった。

 「どれが新芽やら解らん」とんでもない発言をしながら、おばあちゃんはぽつりぽつり摘んでいく、一枚摘めば一枚茶摘み篭にたまる。

 両親の運びは、いつもそんなふうに、たったひとつを積み重ねているように見える。鍬を使ってものこぎりもなたも全てがゆっくりで、それでも形は出来上がっていくことを教えてくれます。

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一粒づつポットに蒔いたキュウリの苗は・・・・・のぞき込む二人

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2008年5月 6日 (火)

へとへと

結構まじめに田んぼしました。

 Vベルトが切れていた耕運機は、ロータリーの爪もついでに交換してもらったので調子よく土を耕してくれました。草刈機、平ぐわ、耕運機、この三種類を交互に使いながら作業をすると、体の使い方が偏らないので後が楽です。

 体が完全に田んぼモードになると、一種類の道具や機械を使っても案外疲れないのですが今はそれをすると筋肉痛になったりして大変です。それで自分で田を耕すようになってからは、計画的にこのような方法で作業をします。

 しかし、効率よく田をおこそうとは思っていなくて、目指しているのは「お花見百姓」ですから、何か見つけるとしばらくは遊びます。

まずはカエル

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 穴から頭を出して死んでいるのかと見ていたら、前足が動いたので、よく見ると生きている。でも体はからからに乾いていた。「もしかして空気が体にたまってつらいのか?」口もくっついているようなのでこじ開けてみた。大丈夫だ。水をやろうとしたが近くにないので、水筒のアクエリアスをかけてやった。どうも体の調子が悪いわけではなさそうでした。すぐいなくなりました。

次は蛇

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 カエルは口にくわえたけど、カエルの幅は蛇の口の3倍はありそうだったので、どんなふうに呑みこむのか見たくてずっと見てました。私が見ているから呑まないのか、大きすぎて呑めないからなのか、カエルを捨てて穴に入ってしまいました。

 ちょうちょが少し生えて咲いたレンゲに止まりました。ネズミが出てきたので追っかけました。

 遊びながら田んぼで過ごした一日でしたが、へとへとです。もうやすみます。

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2008年5月 5日 (月)

もみ蒔き

予定通り?もみ蒔きを終わりました。

 箱苗は機械で田植えをするために、機械のサイズに合わせた箱に土を入れもみを蒔き育てるものです。10アールに20枚の勘定で苗を育てるわけですが、育つのが心配なのと、もし足らなかったらといういつもの心配性がついつい出て結局40アール分で80枚あれば済むのですが98枚も準備しました。

 朝から準備して9時半スタート。おばあちゃんが監督でなにやらメモした紙をもんぺのポケットから出しては確認。ちらっと覗くと稲の品種と植える田の名、必要枚数などを書いていた。この監督、何か作業をするたびになにやら手を出して修正する。もみを蒔けばもみを、土をかければ土を、いすに座って見ていたと思ったらそばに来てごそごそする。そして時々おじいちゃんが覗きに来るのです。

 実労は、息子に娘夫婦と母ちゃんと私です。午前中にはほぼ完了。こういった作業のときは外で食べるのが楽しい。運動会や花見の感覚で楽しんで?やってるようなところがあります。午後には体験のお客様方(Y氏)も作業に参加し、7人での作業となりました。苗を育てるためのハウスに持ち込み遮光用の布をかければもうオヤツ。休み時間のほうが長く4時には終了となりました。

 どれだけ腰のしっかりした良い苗を育てるかで、田んぼに植えたあとの初期成長の良し悪しが決まると思っています。「私の田んぼ人生」のなかで苗作りは、何十回も挑戦できるものではないので、年季の入った監督の存在は、登美屋の稲作りを安定させるのに不可欠です。夕食のとき「今日は何もせなんだ(何もしなかった)」と両親は言っていましたが、その存在こそが大切なんだと思いました。

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2008年5月 4日 (日)

鹿と私がギャフン

 田んぼの植え付け準備を始めました。

 田んぼの畦や岸(一段うえの田んぼまでの斜面)の草を刈り、田を耕す。これを繰り返します。そのあとにうえから順に水を張って土とかき混ぜる。次に畦の下地を塗り、何日か過ぎて今度は本畦を塗る。もう一度かき混ぜ土を均す。他にも細かな作業はありますが大体この順番で作業していきます。

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 相手は棚田ですから大きな機械は入りません。とにかく人が耕運機と草刈機相手に、平ぐわを持って一枚一枚気長に作業しなければなりません。焦りもなく、欲もなく、ひとクワ打てばひとクワ作業が進んだと自分に言い聞かせながらです。

 田にはそれぞれ名前がつけてありますが、4つの区画に分けて作業を進めます。道路を挟んで上(丸田、腰切れ、チリ、大田、腐れ木)と下(水取り、黒酢、穴、ごん田、沼、岡田、三角、長通り)、薬師堂近くの柳田、そしてよそから預かっている田です。

 草を刈っていると岸に「ギャフン」たくさんの鹿の足跡がありました。触れると電気ショックのくる柵をしているのに、大変なことになっています。多分冬の間あっちの田こっちの田と草を食べていた鹿でしたが、周囲の田が、全て草を刈り水を張ったので、登美屋の田に来るしかなかったのでしょう。嬉しいような辛いような複雑な気分です。良くみると電気柵は、鹿が引っかかったのでしょう、見事に切断されていました。

 今夕、柵を補修して帰ってきました。多分今ごろ線にかかった鹿が「ギャフン」と言っていることでしょう。

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2008年5月 3日 (土)

薪集め

ストーブ用の薪集めをはじめました。

 田んぼがいそがしくなり、何でこの時期にと思うのですが、知り合いが「山から杉の木を出してくるのに邪魔になる木を切った。道まで出しているから取りに来るか」と連絡をくれた。トラックも貸してくれるし積み込みまでしてくれるというので、山から家近くの広場に運んだ。息子の計算によると約10トンほど運んだそうです。

 それに、ちょうど薪ストーブを扱っている京都の会社が、薪ストーブユーザーさんに薪販売として紹介したいという話が入ってきていたので・・・・ちょっと悪くない話かな・・・・とよろこんでいます。

 息子が家で暮らすようになり、自営で収入の道を考えていますがなかなか難しいものがあります。でも、こうして周りの人がそういったことを理解してくださるのは本当に有難いと思っています。今日も最後の荷を積み終わって帰るとき「次の荷が出来たら言うからな」といってくれています。

 明日からは、本格的に田んぼの準備にかかります。田んぼを耕していると、やっぱり収入より土に触れることのほうが大切やなあと思ったりし始めます。

 そんな贅沢が言えるのは、暖かい人たちに囲まれているからでしょう。

 

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2008年5月 2日 (金)

小説日高川

有吉佐和子さんは日高川という小説を書いています。

 紀ノ川、有田川とあわせて川三部作のひとつです。若い頃公民館で借りて読みましたが、龍神温泉の旅館の女将を主人公にした小説です。数年前オークションに出ているのを見つけこの本と、出版された当時のままケースに入った物の2冊を手に入れました。保存状態の良いほうはみなさんの資料となるように公民館に寄付しました。

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 紀ノ川、有田川の2作は文庫本が出版されていますが、この日高川は単行本だけです。私たちが小学生の頃に昼のテレビドラマになって放映されましたが、学校にいる時間なので見てはいません。

 有吉さんは、この小説を書くために龍神を訪れ、そのとき宿の女将さんから特にメモをとる様子もなく少し話を聞いただけだったそうです。「あれだけのお話でよくここまで書けたものです」と亡くなられたその女将さんは話されていました。

 私は、本を筋書きで読まず感性で読みますから、内容は覚えていません(読解力も記憶力もないだけ)ので、今回久しぶりに読み返してみます。読みたい方にはお貸ししますよ。

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2008年5月 1日 (木)

特別栽培

 ガソリンがもとの値に戻った今日、みなべ町へピーマンの苗を引き取りに行ってきた。

 この特別栽培というシステムは、化学肥料の制限、農薬の制限を守り栽培履歴がわかるように記録し管理する栽培方式です。

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 我が家では米や自家用の野菜を作る感覚と同じように考えています。元肥も米と同じ、薫炭、米ぬか、油粕が基本として土に混ぜそこに有機肥料を打ち込むので、化学肥料は基本的には使わないように考えています。本当は、家族の食材と同じ感覚の野菜作りを特別と呼びたくはありません。特別栽培ではなく当たり前栽培とでも呼びたいくらいです。

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 苗は午前中に家に持ち帰ったので、みんなで定植しました。地際の茎を虫にかじられないように茎に幅2センチほどに切った新聞紙を巻きつけながら植えていきます。おばあちゃんは、デイサービスへ行く日と重なったので昨夜のうちに新聞切りをし貢献しました。本当は一緒に植えたかったようです。

 植え終わってしばらくすると雨が降り始めました。きっと元気に育ってくれるでしょう。

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