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2008年9月 9日 (火)

土佐日記

 夏休み。娘の友達が我が家に来てくれた。そのお嬢さんは高知県の出身でおみやげにと地元の銘菓を下さった。高知から直接龍神へ来てくれたわけではないので、おうちの方の手をわずらわせたとは思うけど、彼女の心遣いがうれしかった。

 いくつかのおみやげの中に懐かしい土佐日記が含まれていた。このお菓子は箱が和綴じの本のように作られており、ページを開き中にお菓子を頂くというものです。この箱が懐かしいのは、ずっと以前この箱をペン入れに使っていたことを思い出したからです。

Img_5358

 高校時代の恩師『登地先生』に箱を頂いたような気がするのですが、確かな記憶はありません。使い勝手が良いわけでもなく、高級な箱でもなく、でも大切に使っていた。そしていつの間にかなくなったのが土佐日記の『箱』です。

 娘の友達が、お菓子とはいえ紀貫之の土佐日記を私たちに届けてくれるのには何か意味があるのでしょうか。例えば「娘を大切にしろ」とか。多分そのようなことはなく、ただ高知のお菓子としてでしょう。

 ただ、登地先生の思い出が重なると何かメッセージがあるような気がします。先生は私たちに「これでもか」と教える人ではなかった。先生から頂いた文庫本は今も本棚にあるけど、そのような形あるものや、言葉ではなく表現しにくいけど多くのものを頂いた。あえて言うなら『後から気付く学び』でしょうか。

 登地先生と、かわいいけどきりっとしたものを持ち合わせた土佐のお嬢さんを思い出す新しい土佐日記の箱をペン入れとして引き出しに入れておこうと思う。

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