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2008年10月

2008年10月31日 (金)

祭り

龍神村東にある丹生神社の明日は宵宮、明後日が祭り。

 宮代には何故か祭りの屋台がないので、当日私たちは丹生神社に行きますがお参りしそれだけで行事は済んでしまいます。

 中学生の頃は、2~3日前から友人の家に泊まりこみ、学校にはそこから通学したこともあります。そうして様々な祭りの行事の仲間に入れてもらっていました。高校生のときもそうでした。若いときもそうでした。祭りが終わると家から「そろそろ帰っておいで」と言われしぶしぶ家に帰ったものです。

 帰ると、別に叱られることもなく、今度は家から学校に行きました。そして、朝『なめこの味噌汁』を飲むのです。何故か祭りとこの味噌汁がくっついて記憶に残っています。

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祭りの太鼓が聞こえ始めたので、山に行ってみたらやっぱり生えていました。今年のはめちゃくちゃ『でか』かった。別に関係ないけど、祭りは良い天気になりそうです。

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2008年10月30日 (木)

翔龍祭

 毎年やってくる翔龍祭

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 今年もその時期が来た。準備から片付けまでと一言にいっても、5月頃から準備が始まって翌年の1月頃に片づけが終わるので翔龍祭の期間は8ヶ月にも及ぶ。さらに準備から運営まで全て自分たちでこなすのは大変です。最近はポスターの原稿まで作り、よそにお願いするのは、ポスター・ちらしの印刷など数えるほど。それに仮設も自分たちでしますから、イベント屋さんの登場もありません。

 毎年テーマを決め取り組んでいますが、やってる自分たちが「山の暮らし」を再確認するようなところがあるようです。手作りですからアイデアがあってもそれを生かす技術や体力などがなければできない。技術は親たちから学んだもので何とかなります。つまり、今の時代のアイデアを、受け継いだものを使って生かし、形にする練習です。

 最近は、それにくわえ自然に対する畏敬も表現されるようになっているようです。

 山で働く人たちが、新しい現場に入ることを『山入り』と言うそうです。そのときこのポスターのように、榊をおき、ヨキを立て、お神酒を供え、地水火風(自然)に祈ると言います。20歳代の一人の若者は、そのことを当たり前の事のように私に聞かせてくれました。

 このポスターだけで翔龍祭の意味があると思いましたが、大切なことは行動のようです。見ただけの知識より、垢抜けはしなくても汗を流し表現することで次の世代に伝わるものがある。そのことをみんなで確認するのも翔龍祭なのかもしれません。

様々なことを私たちに教えてくれる翔龍祭が11月22日から26日まで開催される。

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2008年10月27日 (月)

クロモジ

 いつもポケットにクロモジを入れています。

 嫌なことがあったり、何かに飽きたとき、かぎます。良い香りがして、すっきりした気分になれるかな?と期待して持っているわけです。全て期待通りの香りがするかというと疑問で、採ってすぐは青臭いし、時間がたつと匂わないし、固体自体にも差が有るような気がします。

 私にとっては、香る強さが問題ではなく、そこにあればよいという「お守り」的存在です。

 クロモジは、冬が始まる前にちょっと芽を出し「冬を越せるかな」と心配させておいて、春の光に柳の葉のようなうぶげいっぱいの芽を輝かせるのです。緑の軸に黒いしみが模様となるからクロモジって名だと聞いたことがある。

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 事あるごとにクロモジをポケットから出してかぐなどというのは、普通ではないような気もします。クロモジばかりに頼ってはならないと、最近はヒノキの心材をポケットに入れています。(似たようなものです)

 

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2008年10月25日 (土)

抜き菜

 10月はじめに蒔いたカブがたくさん芽を出したので、それからの抜き菜(間引いた菜)で漬物を作ったらしい。弁当のふたを開けたらあまりきれいなので写真に撮った。

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 赤く見えるのが三島食品の『ゆかり』で、緑が抜き菜の漬物。

 真っ白のご飯に2色がのるだけで、こんなに美味しそうになるのかと感動。 食べるのがもったいないので、おかずを多く食べていたら、最後にご飯が余ってしまいました。

 今日の弁当は、色づく秋を眺めながら、春をいただくという豪華版でした。

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2008年10月24日 (金)

振り返り

 私のおもな仕事は、建設会社勤務です。

 現場に出ることはめったになく、出ても労働らしきことは全くできませんし、専門的な知識や経験もありません。(少しあるかな・・・)  事務の仕事が多いのですが、1日机につくことはできません。すぐに飽きてくるので、あっちにうろうろ、こっちでうろうろしています。

 言い訳になりますが、何もしていないわけではなく、ISO、コンプライアンス、入札の管理等が主な仕事です。この職場ではたくさんのことを学びました、ISOでは定期的な振り返りと検討の必要を教えられました。

 それを家に持ち帰って考えてみると、私に対する妻の満足度は、子供たちの期待する親とは、両親は息子に不満を持っていないか?どうも問題は山積みのようです。

 自然に発生した親子の関係は仕方ないとして、『妻が理想とするくらしには何とか近づきたい』その次が『娘婿の期待する親になる』これが当面の課題です。

 振り返ってみると、恥ずかしいことだらけ。しばらくは、反省の日々です。

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2008年10月21日 (火)

感じること

季楽里龍神での『朝の散策』は続いています。

 この散策で、ひとつだけ守り続けていることがあります。それは、コースの下見を欠かしたことがないということです。案内する前の安全確認が主ですが、動植物の様子、花は、谷の音は、足跡は、匂いはなど『何をお伝えするか』を考えるわくわくする時間でもあります。

 昨日、いつものように林道を入ると、道沿いにサルを1頭見つけた。私には気付いていない様子なので姿が見えないところまでバックし、いつも持っている鈴を大きく鳴らしながら入っていくと、威嚇するような声が聞こえ始めた。姿が見えるようになってもそこから動かず風邪をひいて咳き込むときのような声を発し続けていた。

 目線をそらしながら知らんふりして近づいても動かないので、私はその場を引き返した。幸い散策はキャンセルになり、危険な散策にならずに済んだ。

 今朝の下見、昨日のその場所でサルは死んでいた。多分、群れの争いに敗れ致命的な傷を負ったのだろうと思います。事前にそのことをお伝えし散策に入った。希望される方には、ここでくらす動物が死んですぐの様子をご覧いただいた。

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 私は動物が動いている姿を見るのも良いとは思うのですが、足跡やフンを見つけたり、食べたあと等から何かを感じることも大切だと思っています。

 

 

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2008年10月20日 (月)

ヤマカガシ

私はヘビが苦手です。

 ヘビを見かけると、もちろん避けて通っています。あぜ道などでは避けることはできないので棒でつついて「あっち行け」ってしてましたけど、和歌山で暮らしている写真家が逃げないヘビがいるところとして、龍神村のある田んぼを紹介した。

 その田を管理するおじいさんがヘビの存在を認め、追っ払ったりいじめたりしないから人が近づいても平然としているお話を聞いて、私もそうしようと決めた。今もやっぱりヘビを触れない。冬にホースを見てドキッとすることもある。

 でも、ヘビを認めるようになって我が家の田にはヘビが多くなったような気がする。春には、狭い範囲に10匹ぐらいが集まることもある。そして、ここ数年は、春先一番初めにいつどこでヘビを見かけたか手帳に書いたりもしている。問題は、秋の終わりどこで見かけたのが最後だったかと言う記録ができないことです。

 昨日田んぼでシマヘビに出会いこれが最後かと思ったら、

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今日季楽里龍神の橋でヒバカリ(ヤマカガシ)に出会いました。震えながら1mくらいまで近づいて写真に撮りました。あまり私が追っかけるので、ヒバカリはきっと嫌だったことでしょう。

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2008年10月17日 (金)

こだわりのカーブ

 おばあちゃん(母)の薬は、粉薬のほかに錠剤を何種類か食後にのむもの、食前に1種類、寝る前に何錠かの薬があります。

間違えないように私たちが管理し、その都度手渡すようにしています。

 私がいるとき、それは母の息子(私)の仕事になります。実は、粉薬の袋を切るのが私の楽しみでもあります。母が薬を飲むときの首の角度、鼻の低さもを考えて、こぼれないように、のみやすいように、息で薬の袋が変形しないように等様々な要素を考えて粉薬の袋を切るようにしています。

 そして、切った袋の折りあとの内側を私の親指で押さえて、その折りを伸ばすような格好で手渡すとその反対側の広い辺を母がつかみ受け取るので、口に運びやすくなるのです。

 この切り方と、折りの伸ばし方と、そこに錠剤を一緒にする方法にはちょっとこだわりを持っています。そして、手渡したとき「すまんのう」と言う母に「息子の勤めです」とこたえるのが合言葉のようにもなっている。

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 私は、このこだわりの切り方を『ポルシェ・カーブ』と呼んでいます。

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2008年10月16日 (木)

大きな声では言えません

 今朝、目を覚ましたら、大きなお月様が空から山に隠れるところだったので、早速起きだして、お月様が姿を隠すまで眺めて過ごした。しばらくして家に入ると、私につられて起きた家内が、布団を片付けているところだった。

 「どうしたん、これ!」一瞬 ドキッ とした。指差した先、私の眠っていた敷布団の上には小さなドングリがひとつ転がっていた。

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大きな声では言えませんが、

「ゆうべ、トトロが来たようです」

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2008年10月14日 (火)

転落

おじいちゃん(父)が車を落とした。

 この夏、植木の手入れ中に落ちて腰を怪我したおじいちゃん。これを機会に、車の運転は無理やからと、家内や息子が運転手をかってでても、自由にならないからとすぐに自分で車を走らせていました。ついに今日は本郷(ほんごう=地名)の道で脱輪どころか、車を道から落としてしまいました。

 坂道の途中で、かさ屋(屋号)の進入路へ横転。シートベルトをしていたこと、下に人がいなかったこと、段差が1メートルあまりだったこと等、幸運が重なったので怪我もなく相手もいなくて済んだものの、冷や汗物です。

 こんな日に限って携帯電話を置き忘れた私には連絡が取れず、近所の人や近くに住む叔父に随分迷惑をかけてしまいました。警察さんに農協さん、車やさんと手配に追われた家内と息子は、びっくりと心配もあって大変だったと思う。おじいちゃんはその後もいたって元気。お医者さんも、しばらくはじっとしていなさいみたいな事でめでたしめでたし。おじいちゃんいわく「あそこでは、2回目じゃ」???以前もここで落ちたんかい!

 何とか片付いてお母さん(妻)が家に帰ったら、おばあちゃんは、そんなことはどこ吹く風、電話でお祭り用にサンマを100匹あまり注文しているさいちゅうだったそうだ。いったいどうするつもり。

 年老いた親と暮らすことは、はらはら・どきどき・大笑い・・・・これまでは、こんなイメージで何とか切り抜けてきたが、これから先どうなることやら。

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2008年10月13日 (月)

レンゲ

 レンゲの種を蒔き始めました。

 稲わら(いなわら)を息子が切ってさばいてくれたので、今日から油粕、薫炭(くんたん=モミガラでできた炭)、米ぬかを田にいれ、耕運機ですきこみ、そのあとすぐに種を蒔き春の準備は完了となります。

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 去年は蒔く時期が遅くなり、なんとか発芽はしたものの、レンゲが咲き乱れる田にはならなかった。今回は、一昨年と同じように早く蒔くので、冬に入る頃には、レンゲとわかる芽を伸ばした状態になるでしょう。

 今日の作業は、あぜ道の草刈りも兼ねていたので、約半日の作業でしたが、棚田の上から『丸田』、『腰切れ』の2枚の5畝(5a)がやっとでした。明日からは、朝と言わず夕方といわずヒマさえあればこの作業をします。(めちゃくちゃ働き者みたいですが、楽しいからやってるだけ)

 草刈りも同時進行ですから、今年お世話になった田んぼには、レンゲが芽を出し、きれいな畦(あぜ)岸(きし)で年を越してもらえます。、

 レンゲの新芽に元気を頂き、春にはレンゲ畑に寝転べるようにしたいです。

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2008年10月11日 (土)

放鳥

 春先から夏にかけて「ヒャーッ・ヒャーッ」と棚田の周りや宮代オートキャンプ場の竹やぶ辺りから聞こえるのは、キジの声です。

 先日、東光寺薬師堂前の柳田から宮代谷を通る道を下りてきたら、知り合いがなにやら箱を持って不審な行動をしているので、「なにょー、おもしろそうなことー、しよんのでー」(どんな楽しいことをしているのですか)と聞いたらキジを放しているのだと、ばつが悪そうに応えた。

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 「そりゃーありがたいのう」と私が言うと、少し元気な声で「はたきょー掘るさか放さんようにしちょーくれ!ちゅー人んおんねだ」(畑を掘るので放さないようにしてくださいという人がいる)と言い。それで人目につかないように放鳥しているようだ。ここでは3羽放すらしい。春には大きくなって、大声で鳴いてくれるでしょう。

 不平不満を頭の中いっぱいにして、私が『ぐだぐだ』思っているとき、キジが「ヒャーッ・ヒャーッ」と鳴く。「くよくよ考えるな、大切なことを見失うぞ!」とキジは、人に撃たれようがどうしようが大声で鳴くのです。

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2008年10月 8日 (水)

西の峰から

 西の峰(にしのみね)が見えます。

 西の峰には、幅1mほどの山道がほぼ水平に続いていた。宮代小学校や、上小薗(かみこぞの)西明(にしみょう)から山に上がると、この道に合流し進むと地蔵辻にたどり着き、日高川と反対方向に峠を越えると立花川に下りていく。

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 昭和30年代の初め、ここは木を切ったあとで、家からこの山道を歩く人の姿が見えた。幼かった私は、そのような山の上までいく力はなく、下から眺めそこを歩いている人は宇宙人だと自分で決め信じていた。宇宙人を見つけ下から手を振ってみた。宇宙人がそのとき手を振って応えてくれた。

 しばらくたって、ある朝、学校へ行く途中『たまや』のそばの道で、山から降りてきた同級生に出くわした。朝からどこへ行って来たのかと聞いたら、家から来たとこたえたあと「この間、手を振ったやろ」と言う。彼は、立花川に住み、峠道を越えて学校に来ていたことがわかった。この時ばかりは、さすがに宇宙人と話したとは思わず「あそこは宇宙じゃなかったんだ!」と気付いた。

 それからは、この西の峰や立花川は大好きな場所になった。

 その彼には、立花川でコサメ(アマゴ)釣りや弓矢を教わり、西の峰から海の見える場所に案内してもらった。雨上がり、ここで霧が晴れるのを待つと自分たちが暮らす場所が見え始め、そこは夢の世界のように思えた。

 今朝、ここは夢のような世界だったに違いない。

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2008年10月 7日 (火)

仕事を作る

 「ああよかった、おばあちゃん(母)の仕事ができて」 ちょくちょく家内はそのようなことを言って安心している。

 先日の出来事、おばあちゃんは「榊(さかき)を切りに行く」と大きな袋を持ってトンネルのほうに歩いていた。家内とおじいちゃんは物干しからその様子を眺めていた。「疲れたら迎えに行くのだ」そうです。おばあちゃんは歩くのがやっとですから300mのトンネルを抜けたら疲れて、気が済んで帰りたくなるだろうと見ていたのです。

 ところが、トンネルで犬たちの散歩から帰ってきた息子(おばあちゃんの孫)に出くわし、強制送還された。犬2頭の綱と大きな袋を持っておばあちゃんの手を引いた息子は、出入国管理官並みの威厳(いげん)を持っていた。

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 反対に、おばあちゃん(母)が疲れるのを期待していたおじいちゃん(父)とお母さん(妻)はがっくり。結局、膝を痛めていた妻は無理で、腰を痛めているおじいちゃんが山へ榊を採りに行くおとも役になった。二人で山に入ったけど疲れてすぐに帰ってきたそうだ。

 とにかく、榊を束ねるとか、畑を耕すとか、田んぼに行く、ピーマンを採るなどおばあちゃんができること、活躍する場を作らなければならないのです。一生現役のおばあちゃんはじっとしては暮らせないのです。

 仕方なく、昨日はお母さんが山に榊を切りに出かけた。おばあちゃんは、この榊を神棚にお供えできるようきれいに束ね農協に出荷するのです。ところが妻が山から榊を切って来ても、夜といわず昼といわず働くのですぐに、榊はなくなる。

 昨日は、梅を瓶(かめ)から出したので、今朝はきれいに並べて干す作業をおばあちゃんに頼んだ。途中から飽きてきたのか、隙間も空けずに転がしただけに並べて終了になっていました。

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 夕方、梅を並べ直しながら、「おばあちゃんの仕事を作るって言いながら、自分たちが働かせてもらっているみたい」と妻は言った。

 もしかしたら、全てはおばあちゃんの作戦なのかも知れない。

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2008年10月 6日 (月)

やさしくなったので

 お日様がやさしくなったので、瓶(かめ)に漬けていた梅を取り出しました。

 7月の中ごろ、いつものように『けん兄さん』のところで完熟梅を分けてもらい、おばあちゃんとお母さんが漬けてくれた梅です。瓶の覆い(おおい)をとると、梅酢(うめず)を飲んでみたくなるような、完熟梅のいいにおいがぷ~んと広がりました。

 その傍ら(かたわら)では、同じ時期に仕込んだ味噌が、これまたいっちょ前に『味噌だーッ』てな匂いをさせています。

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 この梅を2ヶ月ほど、お日様にも、露にも、雨にもあてながらじっくりと干しあげます。どういった干し方が良いとか言うものではなくて、我が家では毎年そのようにします。土用(どよう)に干せばいいかもしれませんが、人でもそうでしょう、真夏の日向(ひなた)に帽子もなく放り出されたらたまりません。それよりも、陽だまりがこいしくなる季節に、日向に出してもらえば気分がいい。

 干している間『食べたくて食べたくて』でも我慢する。 だから美味しい。

 梅干を食べ始めると数ヶ月で無くなってしまう。 だから美味しい。

 じっと我慢すれば、12月半ばには美味しい梅干が食べられます。

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2008年10月 5日 (日)

恋鳴き

 9月末から鹿の恋鳴きが聞こえ始めています。

 夏の初めでしたか、その頃にもシカの鳴き声が聞こえるのですが、それは母ジカが子をさがし呼ぶ声、母性からの鳴き声だと言われています。そして、今聞こえるのは雄ジカが交尾相手をさがすために鳴いており、情熱の鳴き声といえます。

 トンビが鳴くような声で「かいーの~っ」って感じで鳴きます。2回くらい繰り返して鳴くことが多いので、『何か聞こえた』と思ったら静かに耳を澄ましてみると、聞こえてきます。

 恋鳴きの季節が終わる頃、太鼓の音が聞こえ始めます。11月初めにある村祭り、お囃子の稽古が始まるのです。稽古の主役は、若者から小中学生に代わってきました。

 若者たちが主役の祭囃子を聞きたいものです。

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この秋、もう一度読んでみようと思う本 『十津川移民』

明治の大水害で北海道に移民した人たちの記録です。

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2008年10月 4日 (土)

『りき』を訪ねる

 うっふとシェリーは我が家の愛犬です。2頭は、黒と白のラブラドールの夫婦ですが、シェリーは黒でよくはしゃぎお馬鹿さん。うっふはおとなしくおとぼけ。ですから、オスメスをよく間違われます。

 2年前の春、二頭の間に生まれた7匹の子犬を育て、それぞれ飼い主さんが見つかった。子犬だったみんなはどんどん大きくなり、家族のようにかわいがられています。

 用事で、中辺路町野中を通ることになりそこで暮らす『りき』を訪ねた。野中は名水とされている野中の泉があるところです。熊野古道がそばをとおり、一方杉が立つところに彼は暮らしています。

 家の駐車場に車を止めると「ヲゥー!」家の奥のほうから「誰か来たよー」と『りき』が吠える。

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 吠えられてもそばに行くと しっぽ振りまくり はシェリーといっしょ。しばらくすると首をかしげて おとぼけポーズ はうっふといっしょ。しばらく飼い主さんとお話をして帰ってきた。

 3ヶ月ほどでしたが、家で仔犬たちを育てるのは楽しく、別れるのが本当につらかったけど、彼らのおかげで親戚がいっぱいできた気分です。

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2008年10月 3日 (金)

落鮎漁

 朝夕に冷え込みを感じ始めると、落鮎(おちあゆ)漁が始まる。

 このあたりでは「定置」(ていち)と呼んでいますが、川に2メートル足らずの間隔で流れをせき止めるように杭を打ち、そこに紐を2~3段とおし、それに藁をひっかける。

 川を下って来た鮎は、この「くぐろうと思えばくぐれる」仕掛けに用心して、定置沿いにふらふら移動しながら、思案を続ける。と、そこへ川原で見張りをしていた人が定置と平行に川の上流側へ網を投げ入れる。下流に逃げれば助かるのに何故か上流側に逃げて、投げ込まれた網にかかるのです。

 この定置が、私たちの棚田の下、宮代キャンプ場の前に設置されました。設置の日は近所の数人が集まり、杭を準備する者、川に打つ者、紐を引く者、しばらくすると奥さんたちが藁をもって終結、夕方には立派な定置が完成していました。

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 これから先、河原には小さな雨除けの屋根ができるでしょう。そして、特に雨に日にはよく獲れるのでしょうか、気の合った者同士がこの屋根の下で鮎を待ち、火を焚き、獲れた鮎で一杯やっている姿を見ることができます。

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2008年10月 2日 (木)

新米を送る

 仕事で町に出ていると家内からメールが入った。「米を送るための箱、買って来て・・・・」今年も始まったかと納得してホームセンターへ立ち寄ります。

 稲の収穫が終わり倉に米が入ると、おばあちゃんが親戚に新米を送ります。とはいっても、大概は家内の仕事になります。送り先は、両親の兄弟、子などです。自分が決めたことは何があっても遂行しますから、話を聞いて「じゃあ、明日にでも・・・」は通用しません。「今してくれないなら自分で・・・・」になります。

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 ゆうべ、何やらおばあちゃんがごとごとし始めました。「何してるん?」「種もみを澄田屋で分けてもろうて来たんじゃ」「今年作った『峯朝日』と『千代錦』(いずれもイネの品種)やったら種を採っとるで」「わしは『福光』が好きなんじゃ」

 おばあちゃんの頭の中では来年の田圃プロジェクトがすすんでいます。たぶん≪どの田に、何を植え、いつ収穫≫するといった計画が進行しているのでしょう。

 私たちはその構想に従いながら、藁を切って、堆肥を入れて、株田を起こし、レンゲをまき、畦の草刈り作業を今月中に終わらせなければなりません。

ノンビリやりますけどね

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2008年10月 1日 (水)

はなち杭を洗う

 稲を刈取った後それを『はなち』に干します。三つ又と二つ又の『はなち杭』を田に立て棹を掛け渡し、そこに稲束をかけるのですが、その稲束をかける棹一式や稲をかけた状態を『はなち』と呼びます。

 台風15号が来るのであわてて片付けた稲でしたが、無事に台風は通り過ぎ午後にはお日様が帰ってきました。

 それではと、田に残されていた棹を田んぼにある棹屋(来年まで使わなくなった棹を入れる細長い小屋)へ運び、はなち杭を谷に運びました。

 はなち杭に付いた泥を洗い流すためです。

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 杭は、泥が付いたままにしておくと、そこがすぐに腐ってきます。土の中のバクテリアのせいでしょうか、尖らせた先が丸くなったり、中に腐りが入ったりします。10日ほど土に突き刺して使うだけですが、そんな理由から毎年作業の終わりにこの泥落しをします。これをすることでずっと長く『はなち杭』として使うことができるのです。

 三つ又なら3本、二つ又なら2本づつ『たわし』で洗ってきれいにします。父も、多分私が見た事のないおじいちゃんもひじいちゃんもこうして洗ったことでしょう。泥を落としてみると様々な杭があることに気付きます。新しいものに混じって、年輪の詰まった古いものもあります。

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 春から秋までの稲の思い、息子から私のひじいちゃん、もしかしたらもっと以前の思いがいっぱい詰まったはなち杭はこの後、次の秋まで一年間の眠りにつきます。

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そろそろ

 毎年第1回目の味噌の仕込を10月15日と決めています。

 これまで、米、麦は自家製で大豆は買っていましたが今年から家で採れたものにしたいと、春の終わりに植えた大豆が実を膨らませています。

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 夏、明け方の激しい雨で倒れた大豆でしたが、どうすることもできずそのままにしておきました。

今朝、このとおり元気に育ってくれています。作物が育つのは、彼らがもつ本来の力と、お日様や雨などの自然の力なのだと実感しました。そして私たちが、すばらしく恵まれた自然環境の中で暮らしていることがわかります。

 これから先、さやがはじけそうになるまで粒を大きくしてから収穫になるのだと思います。ですから、はじめの仕込には買ってきたものを使わなければならないかも知れません。第2回目は全て自家製の材料で味噌が仕込めるでしょう。そうして冬の間にはこの大豆で豆腐を作ることにもなるでしょう。

 この雨が上がったらおばあちゃん(母)に視察してもらって収穫の時期を決めることにします。

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