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2008年12月

2008年12月31日 (水)

瀬音

 正月と盆には我が家で生まれた一頭の犬が里帰りしてくれる。

 昨日その『寅次郎』が帰ってきた。いつものことながら、来たそのときから「ここの家の犬ですけど、何かご用?」とでも言うように、家に来てくれた人に向かってえらそうにほえます。

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 朝夕決まった散歩コースは日高川沿いの道。めったに車は通りませんが、寅はいたずらっ子ですからリードは放せません。

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雪が降り、道はすぐに解け、ススキにはやっと残る暖かな朝です。

 来るときは気付かなかった瀬音に帰り道に驚かされた。それは衝撃と言っても大げさではない。そういえば昨日も感じたなあと寅に話しかけた。夕方には、もうこのことを忘れてしまっており同じ場所で同じことに感動し寅に話しかけた。明日もわくわくしながら散歩に出よう。

 忘れることは感動するためにはよいことなのかもしれない。来年も新しいと思われる感動をいっぱいしようと思う。

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2008年12月29日 (月)

注連縄(しめなわ)

 しめ縄つくりを美代治さんにおそわって2年目になる。去年の林業祭りで、ひがな一日付添って何とか、形はできるようになっただけ。しめ縄作りは『形より気持ち』と自分に言い聞かせ、秘密基地にこもるのです。

 それで去年から我が家のしめ縄は、自分で作ることにしています。

 秋の収穫のとき、もち米が雨にあわずに干せたので、脱穀してすぐの稲わらを納屋へ持ち込んだ。そのわらが、青くきれいなままなので材料には事欠かない。

 ひもも必要になるので、おばあちゃんに細い縄を綯ってもらった。《わらをより合わせて縄を作ること。龍神では縄を綯う(なう)ことを『ナヲーノー』と発音する》 この細い縄をひも変わりに使うと、しめ縄をわら(自然の恵み)だけで作ることができるのです。

 昨日から作り始め、勤め先と我が家のものなど10本ほど作りました。さっそくウラジロを結びつけ玄関に取り付けました。

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 これ以上飾りをつけようとすると、材料が我が家のもので間に合わなくなりそうなのでこれでよいことにしました。

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2008年12月27日 (土)

秘密基地

 家から見える一番高いところは『のひろぎ』です。のひろぎが朝日に赤く染まるのは冬の証拠、そして寒い一日になるのです。

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 こんな日は、朝一番に谷の小屋に行き、薪ストーブに火を入れます。

 秘密基地と呼んでいる谷のそばにある山小屋は、犬たちの散歩をしていて雨が降ったりしたときのために建てたものです。ここにあるストーブは2代目、はじめのストーブは知り合いの秘密基地で同じように活躍しています。

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 このストーブは、一応クリーンバーンということになっています。燃焼室の奥に空気の噴出し口があって、ストーブの温度が上がるとやっぱりそれなりのきれいな燃え方をします。これに買い換えるとき、10㎡二階建には大きすぎるかと思いました。ところが小さな小屋なのに、この薪ストーブの不足気味の能力がおかしいし、楽しい。

 正月を迎えるための掃除や準備が終われば、私は家の用事から開放され、ここは本当の秘密基地になります。

 丸太を持ち込んで薪割りをしたり、ストーブのそばで本を読んだり、昼寝をしたりして過ごします。今年は、ベンチを作ろうと思っています。それも決まったものではなく、気分しだいです。

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2008年12月26日 (金)

退院と煙突掃除

 昨夜、風は吹くし、薪ストーブの燃えが悪いので、明日こそ煙突掃除をしようと決めた。

 風は少し雪も運んだようで庭のコケにも細かな雪が残っていた。

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 少し寒いので予定変更、おばあちゃんの食後のお休みタイムだけ薪ストーブに火をいれ、あとは薪を補充しないようにすれば、夕方には煙突掃除ができる。

 空には黒い雲もあったが、そう寒くはならないだろうと家を出た。

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 息子から電話で「おばあちゃんがストーブに薪を入れてほしいらしい」と言う。またまた予定変更、この間までの暖かなときにしておけばよかったと反省しながら、昼すぎちょっと無理をして煙突掃除をした。

 おじいちゃんの退院祝いにと、おばあちゃんが炊いた赤飯を腹いっぱい食べて、二人は今一緒にストーブの前でゴロンとなっています。

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2008年12月25日 (木)

サンタが来た

 「クリスマスにはケーキを買おう」とウラジロを採ったり、薪割りをしてきました。「頑張ったもんね」お母さんが田辺でケーキを買ってきてくれました。

 入院中のおじいちゃんに届けなければいけないので丸いケーキは無理でした。ちょうど家に娘夫婦から飛び出す絵本が届きましたので、おばあちゃんと広げて大喜びしました。「こんな記念すべき日は写真」とパチリ

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 ケーキは、おばあちゃんの、母ちゃんの、息子の、私のみんなで少しずつ人の分をつついて食べました。行儀がよいとはいえませんが、それぞれの味を楽しみながらいただいた。

 朝。息子にも、おばあちゃんのところにも、聞くところによると娘夫婦にも、末っ子にもプレゼントが届いたようです。おばあちゃんのところにはおじいちゃんの分まで来たのに、私たちのところには来ませんでした。

 ところが、今日末娘から、小人さんが『サンタさんにあずかった』と娘に預けた物を送ってくれた。

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 入っていた手紙には、どのようにあずかったかが長々と書かれているのですが、少し複雑すぎて分かりませんでしたので図に書いてみました。

 サンタ→小人→末娘→宅配業者→私たち。まるで伝言ゲームみたいな経緯がこれで分かりました。

 それでも、世の中にそんなことがあるとは信じられません。

 手紙の終わりに、『これを家に届けたらサンタさんは、私にプレゼントをくれるか』と娘が小人にたずねたら、ひどく叱られた事。そして『きっとあの小人は、末っ子だと思う。初対面のくせにえらそうな話し方をした』と書いているのを読んで、私は末娘の話を信じることにしました。

 サンタさんありがとう。

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2008年12月24日 (水)

薪ストーブと湯たんぽ

 薪ストーブはおしゃれに使いたい。

 でも、ストーブ用の小物は温度計だけ。あとは、金物屋で買った火箸、家の竹で作った火吹き竹、息子愛用の溶接用皮手袋、左官屋さんが使う小さなほうき、ちりとり代わりの十能などがストーブの前に並びます。

 我が家のストーブには、いつも何かがのっている。やかんは湯を沸かす。鍋は煮物。

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 今夜は湯たんぽがのっています。

 湯たんぽは、ステンレス製で一晩使った後は、押入れの布団の間に入れておきます。夕方、暖かさが残る湯を捨てることなくストーブにのせ、眠るまで温めます。昔のブリキの湯たんぽとは違い直接火にかけることができるので、薪ストーブ用として便利に使えます。

 薪ストーブとステンレスの湯たんぽ。おしゃれではありませんが、ちょっとエコかな。

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2008年12月23日 (火)

くずミカンと私

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 「撰果しあったら(していたら)、おまはん(君)のこと思い出してナ。くずミカンいらんか?」かかってきた電話は、名乗りもせずに始まった。

 電話の主、準ちゃんは、わが母校『和歌山県農業大学校』の同級生。

「なぜ、くずミカンで私を思い出す・・・・」きっかけは何でもよい、思い出してくれるのがありがたい。

 農業大学校は、全国の都道府県に各一校ある、と思う。農業後継者や、農業関係の技術者を育てる?2年間の学校です。私たちが30年余り前に学んだ農大は全寮制、寮と学校を隔てるのは、狭い中庭。朝6時の点呼から夜9時まで、園芸や畜産の実習と授業が続く。

 平日は外出禁止、月に一度土曜の午後から日曜の夕方まで自由な時間が与えられた。紀ノ川の中流、かつらぎ町にある学校から家が遠い者は、思うように帰ることができなかった。

 2年間同じ屋根の下で過ごすと兄弟に近い存在になる。あほなやつ、気のいいやつ、陽気なやつ、陰気なやつ、はかれないやつ 一人一人が全ての性格を持っていることが分かる。つまり、2年間でいろんな友の姿をみることになるのです。

 そのような2年間を過ごしていますから、久しぶりに出会っても5分も言葉を交わせばそれでよいのです。多感な時期を缶詰状態で一緒に過ごしたから分かり合えるようなところがある。

 この寮生活を経験したことは、それからあとに良い、人との出会いを与えてくれたように思う。

 

 

 

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2008年12月22日 (月)

「はい」じゃない「はい」

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「はい」

 おばあちゃん(母)は「はい」とすぐによい返事をする。

 すごくいい加減な「はい」、「いいえ」も「はい」です。面倒くさいので「はい」ですが心の中では「嫌じゃ」です。

 一緒に暮らす私たちには、おばあちゃんの今の「はい」は本来の「はい」か、それともいいえ「はい」かが分かります。たいがいおばあちゃんにとって都合の悪いことは「いいえ」の方です。

 「はい」と言わないときもあります。「そがんこと言うても・・・」たまに屁理屈を通そうとします。相手にぶがないと知ると攻めてきますし、言葉尻を拾います。

 ただ、たまに『人は言葉ではなく行動だ』という意味では感心することもある。ご飯の時間に「どうぞ」「はい」でも食べない。おじいちゃんが遅れて席に着くと、やっとおばあちゃんが箸を動かし始めた時など、「おばあちゃんの『はい』はいい加減」とはいえないことも多い。

 ただ、「はい」といったすぐから裏切ることもあるので目が離せません。

 そのやり取りも楽しいと思えば、やっていけますが、一日中付き合うお母さんは大変だと思う。

 

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2008年12月21日 (日)

ありがたい一日

 雨が降り始める前に柚子の収穫に行った。

 何を焦っているのかと家内に聞かれた。今日が冬至だと言うことはみんな承知だと思っていたが、焼豚も家内にとってはただ食べるだけのものなのかもしれない。

 私にとって、南瓜、柚子風呂、焼豚が揃って冬至。できれば新鮮な柚子の風呂に入ろうと決めているので、どうしても今日採って今日風呂に浮かべなければならない。

 麦を植えた棚田のそばの柚子は、きれいな黄色の実を残している。一旦芽を出した麦はすでに一度シカに食べられていた。春にはしっかり芽を伸ばしてくれるでしょう。雨にも濡れず柚子を収穫した。

 棚田の下にある納屋の前で笹を見つけた。息子が軒先のくもの巣をはらって掃除をしたようです。『では、私も』と川近くへ笹をとりに行った。4~5本を束ね家の軒先のくもの巣をはらった。『そうだ、煙突掃除・・・冬至の次はサンタがくる』風呂の煙突掃除をした。薪ストーブの煙突もしようかと思ったけど燃えているストーブの煙突掃除はしたくないのでやめた。これで正月の準備はできた。

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 家内は近所周りに、私は、入院中のおじいちゃんへの焼豚試食を持ち、離れたところ担当で柚子を届けた。犬つながりの親戚で、描きあがったばかりの絵をわざわざ見せてくれた。お香がゆらいできて、贅沢な時間でした。

 家に帰るとじゃじゃ~ん

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 野菜をいただいていた。家内は、大根があの人から、人参は・・・、ブロッコリーは・・・と説明してくれた。

おかげさまで一年で一番昼の短い日を、ありがたく過ごさせてもらいました。

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2008年12月20日 (土)

ムササビ

ムササビのすむ山があります。我が家のホームページにのせているものがそれですが、巣がある木は、『ドレザコ』(落ちるさこ=急斜面・崩れている斜面・石が落ちる斜面)と呼んでいる場所にあります。

 いるのは分かっていますが、そんな場所ですから出会いに行くのがたいそうで、それにきっと一頭ではないと思い、この山に沢山のムササビに住んでもらうよい方法はないかと考えていました。

 去年でしたか秘密基地の周辺に鳥の巣箱を作り、木にセットしました。あるときその巣箱を見ると入り口が何者かにかじられ、大きな玄関になっていました。友人が「ムササビが巣にしようとしたのかも」と言いました。

 待ってましたと、ムササビ用の巣箱を作り秘密基地の近くの杉の木に取り付けてみました。最近、その木の樹皮がはがれ、ぼそぼそが目立つようになりました。周囲の木もそのようなあとが見受けられるようになりました。

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きっとムササビがここを自分の巣にしてくれたのだと思います。

 問題がひとつ、はしごを登って何とか取り付けた巣箱が、傾いてきているのです。これが山のムササビの間でうわさになったら大変です。違法建築を解消しなければなりません。住んでるムササビ、昼は巣箱で寝ているから動かせない、夜の留守を狙って木に登る体力も勇気も私にない。たとえ、その作業をやってくれる夜行性の元気な人間がいても、そういう人はきっと夜は酔っている。

何かよい方法はないものか???

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2008年12月19日 (金)

焼豚

 「イベントですか?」山正(肉屋さん)のオヤジさんは不思議そうに聞いた。黒豚のモモ肉を15キロ、一般の家庭では使わない量ですから、不思議でしょう。「正月用の焼豚を作ります」と説明したのですが、すぐなくなると思います。

 焼豚を家で作り始めて十数年になるのですが、毎年冬の焼豚作りの第1回目は冬至前と決まっています。そして、いつの間にか冬至と南瓜と柚子風呂と焼豚がセットになったのです。

ネギ、ニンニク、しょうが、八角、をそれぞれのサイズに細かくしていく人。

豚肉をカットし、ひもでしばり、容器に詰める人。

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20ℓのバケツにいっぱい肉を詰め込み薬味を入れ、味噌を入れ、醤油、みりんを流し込む。

味を染み込ませるために20時間そのままにしておく、それを炭火で焼く。

明日の夜には美味しい焼豚が食べられる。

っと、まあこんな段取りです。

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2008年12月18日 (木)

おじいちゃん入院

 硬膜下出血とかいったと思う。

 平成20年、おじいちゃんは冬、夏、秋と3回こけ頭をしたたか打っている。2月の雪の日、離れへの凍った階段でこけて救急車で街の病院へ行った。7月は庭木の剪定中に梯子ごと倒れて、村の診療所で後頭部を2針縫った。10月は車ごと2mほど落ちて車は廃車、人間は達者。

 私の同級生は、冬におじいちゃんがこけたのを知り「生活をみてあげて、バランスがおかしいとか、様子に普段と違うものを感じたら、お医者さんにかかりなさい」医者になったのは聞いていたが久し振りの会話がそれだった。同級生が心配してくれた通りだった。で、今日、何とかいう膜と脳の間に溜まった血を抜いてもらった。

 一昨日検査して手術したほうがよいといわれ、昨日お願いしますと返事したら、今日手術することになった。そんなに簡単に日が決まるのだから「大したことないで」とおじいちゃんに話した。確かに先生もおじいちゃんに、しんどいものではないと言ってくれたらしい。

 昨日は、散髪に行った。おじいちゃんは、昔から何かあるとすぐに散髪に行く。

 午前中に、家内に付き添われ入院したおじいちゃんを午後見に行ったら、散髪してきれいになった頭をかみそりで部分的に剃られ、そこにマジックで切り取り線が描かれていた。

 手術が終わり、第一声は、「せんせは大したことないちゅうたけど、ありゃっぁ、嘘じゃ。えらかった(しんどかった)」何度も言うので、おじいちゃんに「もっと大きな声で言ったらええよ」おじいちゃんは気付いていなかったが、その先生はカーテンの向こうで、隣のベッドへ患者さんの様子を診に来ていた。部屋が一瞬シーンとしたけど面白かった。

 何でもいい。少しでも元気が取り戻せたら。

 

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2008年12月17日 (水)

冬の過ごし方

 今朝、雨が降りはじめる前に犬たちと散歩に出ようとしたら、外はまだ暗かった。

 この21日は冬至。

 柚子風呂に入り、南瓜を食べるのですが、いつも周りには柚子と南瓜はごろごろしているので、特別冬至を意識せず普段から楽しんでいます。

 この時期、夏の感覚で仕事の段取りを考えても、とにかく日が短いので外の作業は、遅れてきます。朝ごはんは遅くなるし、夕ご飯は早くなる。つまり、家の中でゆっくりする時間が長くなるのです。取り立てて見たいテレビ番組もないので、かといって考えることもないのでボーっと過ごす夜が多いです。

 うれしいのは、ご飯の用意に手間をかけてくれるのと、いただき物で冬の美味しいものが食べられるということ。今朝は、ホッケの干物に手作りふりかけ、そしておかいさん(茶がゆ)。

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夜は、ボーっと過ごして美味しいものをいただく・・・・。我が家の冬の過ごし方。

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2008年12月16日 (火)

冬枯

『冬枯』 なんと響きのよい言葉でしょうか。

静かで、欲がなくて、哀しくて、寒い。

 何度か霜が降り、ウドもすっかり枯れて、ゴンパチ(イタドリ)が折れ曲がったような独特のかたちが表に現れています。夏には青々と茂っていた葉が落ち、軸だけが枯れ残るのです。

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 山の中に入るのがきつくなったおじいちゃんに息子が付き合います。正月用榊に添えるクマザサを収穫するのです。笹が濡れているときはこのウドの片付けもするようです。

「もう、め~ん動きょるよ(もう、芽が動き始めている)」とおじいちゃんが言います。

静かに見えますが、終われば始まりの準備をしつつ、冬を越すのですね。

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2008年12月15日 (月)

おくりびと

映画を観にいってきた。

 この龍神村に映画館があるわけではなく、町に出ます。

 ハッピーフライト、貝になりたい、邪馬台国などの邦画があったのですが、以前から知り合いにすすめられていた『おくりびと』をみました。

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 息子に「誕生日だから行こう」と誘った映画ですが、この作品を親子でみたことはいろんな意味でよかったと思いました。

 映画は、はまってしまうと次々に見たくなるので困ります。今度は、家内とみにいきたいですね。50歳を過ぎた夫婦料金を一人あたりに計算すると、学割を使うより安いのです。

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2008年12月13日 (土)

薪の風呂

 風呂の燃料は薪(たきぎ)です。

 循環式の風呂は、上は熱くても底は冷たいままということがあるので、湯加減を見るときはかき混ぜないといけません。かき混ぜを怠り、適当に湯加減をみて風呂に飛び込むとひどい目にあいます。特に冬場は考えただけでも恐ろしい。

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 もっとも、このかまは薪と灯油の兼用なので、風呂に入って湯が冷たければレバーをひねると、ボッとバーナに火がつくのですが、そこはそれ「山にくらす者のプライド」がありますから『薪』です。

 風呂の戸を開け「焚いてだー(焚いてください)」と叫ぶ。家族の誰かがすっ飛んでくる。

 オキ(消し炭)に火があれば楽なのですが、全てが灰になっていたら、火を起すところからはじめます。ヨキを使って薪を小割りし、着火しやすいように、かまの中に並べ火をつけます。火付きが悪かったりしたら火吹き竹なども登場します。

 木が燃え始めてもすぐには温まってきません。が、風呂の焚き口(たきぐち)から「なっとうでー(いかがですか)」声が聞こえたら「ちょうどええ」と答えます。相手もそのことを知っているので「じきに沸いてくさか(すぐに沸くから)、ゆっくり温もらんせーよ(温もりなさい)」とまた声がかかるのです。

 薪の風呂は温かいです。

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2008年12月12日 (金)

サンタは来ます!

「サンタは来るかなぁ」家に帰ったら家内が突然聞いてきました。

 この時期になると、家は仏教なのに家族の話題は、クリスマスにサンタが来るか来ないかで盛り上がります。去年も来たので確かにサンタクロースがいることは分かっています。問題は来るか来ないかです。おじいちゃんたちも去年のプレゼントの湯飲みでお茶を飲みながら話し合っています。

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 今夜、我が家の森に入って見ました。きれいな満月に照らし出された木々は、その幹が月の光に白く輝いていました。

 冬としては暖かな夜です。月明かりの下、あの『トムテ』が秘密基地にやってきて、夜の見張りをしてくれそうです。トムテに出会ったことはないのですが、出会ったことがないから「いない」と決めるのは間違いです。なぜなら山に入ってみて『たしかにトムテはいる』と感じたからです。

 サンタクロースが我が家を通り過ぎないように、クリスマスが近づいたら看板を立てて準備し、煙突掃除もしておこうと思います。

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きっと今年もサンタは来る。 ただ、プレゼントのことはわからない。

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2008年12月11日 (木)

両親への電話

 私は4人兄弟の3番目です。

 姉、兄、妹がいるのですが、姉と兄には孫がいます。兄弟やその子供たち、孫たちは、折を見て両親に電話を掛けてきてくれる。定期的なもの、悪天候の後、夢見が悪かった、季節の果物を送ったというものなど様々です。

 昨日は姉からでした。家内が「はい、お姉さんから」おばあちゃんに電話を渡したけど、ストーブの前に寝たままそれを受け取り、なにやらうなずいていた。ふだん、面倒な質問には返事をしなかったり、的外れな話をしたりするのですが、不思議なことに電話の対応だけはしっかりしている。

 「何を言うとるか分からん」はっきり話せというように電話に向かって言っている。よく見たら、おばあちゃんは聞くところを、耳ではなくほっぺたに当てているから、はっきり聞こえるはずはない。姉の問題ではなく自分の問題なのですが、姉の声が大きくなったのか、普通に返答を始めました。

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 しばらく話したあと、それでは気をつけなさい・・・などとはっきり終わりの言葉をのべておばあちゃんの電話は終わった。そのあと、子機をこちらにさしだし「消して(電話を切って)」・・・・もとの頼りないおばあちゃんに戻りました。

 両親にかかってくる内容は様々ですが、気遣いを悟られない声のたよりがありがたい。

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2008年12月10日 (水)

霧の朝

昨夜の雨は、暖かな朝をくれた。

家の周りは久しぶりの霧です。

冬枯れの庭を霧が包んでいます。

うっふは「すわれ」を命じられ、ボケーッと従っています。

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日が射し始める頃には、霧が動き同じ場所でもどんどん景色が変わっていきます。

道路を通る車は、師走らしい音を立てながら走っています。

忙しさが他人事に感じられる朝でした。

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2008年12月 9日 (火)

節季働き(せっきばたらき)

盆や正月の前になると忙しく働くのを「節季働き」という。

 特に普段のんびりしている人が、この季節だけ忙しく働く様子を言ったりするのです。ただ今登美屋は「節季働き中」です。毎晩9時以降でないと仕事が終わりません。遅いときは明日になってしまいます。

 夕食前に1斗あまりの自家製ポン酢をしぼり、夕食後は、雨が降るまでの午前中に採ったウラジロの選別をしました。

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 我が家の山で、ウラジロが採れる場所は2haほどですが、家内と息子が毎日採りに行っています。夜それをサイズごとにより分け、20枚に揃えさらにそれを100枚に束ねるのです。極小、小、中、大、特大の5種類ですが、家内が選別し、息子と二人でひたすら数え20枚×5を作っていきます。それぞれのサイズごとに箱につめ出荷するのです。時期的にはもうあと少しでこの作業は終わりです。

 次は、榊(さかき)を収穫して神棚にお供えできるかたちに束ね、それに小さな松、竹、梅をそえるとお正月用の榊が完成します。それもまた農協に出荷するのです。

 3人の合言葉は「ひたすら」です。「頑張ってクリスマスケーキを買おう」と話しています。

 おじいちゃんは言います「無理をしたら何にもならん、ほどほどやぞ」、『かさじぞう』のおじいさんみたいです。私たちには、そこまでの修行ができていません。ただ、季節に合わせてその時期の仕事ができる環境におれるのは、ありがたいと思っています。

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2008年12月 8日 (月)

虎ヶ峰

龍神村は、市町村合併で田辺市龍神村になった。

 以前は「田辺に行ってくる」で旧田辺市に行くのが分かったけど今「田辺へ行ってくる」というとたいがいの屁理屈こきは「ここも田辺市じゃ」とか言う。それで私の中では、この返答で『講釈言い』かどうかをはかる指標にもなっている。

 それはともかく、龍神村から田辺に出るのに越えるのが虎ヶ峰です。トンネルが抜け改良されて峠道は楽になりました。トンネルの向こう側はみなべ町になるのですが、天気の良い日は紀伊水道やさらに気象条件が揃えば四国が見えます。今日は四国が見えました。

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 この虎ヶ峰道路は、私が小学校高学年のときに開通した道路です。

 そのずっと以前は歩いて峠を越えたそうです。峠の龍神村側には一軒の草葺(くさぶき=クサヤともいう)の家があり田を耕し、人の暮らしがあったと聞きます。子供たちはここから中山路(なかさんじ)の小中学校へかよったのです。

 現在、峠に残る一本杉をアスファルト道路から眺めるだけです。

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2008年12月 7日 (日)

交通指導員

木の郷マラソンへ行ってきた。

 毎年恒例の龍神温泉「木の郷(きのさと)マラソン」へ行ったのです。走るのではなくて、交通指導員として、旧大熊小学校したの国道に立つためです。

 現場に立って、「10キロの方は折り返しです。」叫びながら、ハーフマラソンへの参加者は道なりに走ってもらい、10キロを走る人を折り返しへ誘導する。これが交通指導員の仕事か?などと考えてはならない。

 交通指導員は、年間に何度か一般道路を利用した陸上競技の交通指導で出動するのです。村の盆踊りにかりだされる事もある。踊るのではなく、交通整理のために

 交通安全週間には、道路端に立つ。これが本来の仕事ですが、やっぱり警察みたいな服を着て、シートベルトの着用率の調査をしたりします。朝、道端に立ってその日の夕方、一旦停止で捕まったこともある。「交通安全週間、知ってました」「はあ」よ~く知ってますとは言えなかった。何千円か払った。

 一度でいいから、交通指導員としてお巡りさんを捕まえてみたい。

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2008年12月 6日 (土)

楽しい一日

落ち葉がきれいな川端の広場で

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こんなことして

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みんなで遊びました。

風が冷たかったけど、

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恐竜みたいな木が迎えてくれる山に入って

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みんなでバシャバシャ歩き、ゴソゴソと這いながらいっぱい発見をしました。

それからそれから 木の実を使って

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モクモクと

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作品いっぱい作りました。

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「また、出会おうね」

みんな元気に、お家へ帰りました。

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2008年12月 5日 (金)

薪ストーブと両親

 おじいちゃん「こだわりの家」に薪ストーブをすえつけ3度目の冬です。

 秘密基地の薪ストーブは2代目になるのですが、初めて薪ストーブを買ったのが十数年前、それはたぶん台湾製だったと思う。それからホンマが2台、ハースストーンとネスターマーチンと薪ストーブを5台買ったことになります。最初のストーブは知り合いの秘密基地で活躍しています。価格も様々でしたが、それぞれに個性がありどれも愛すべきストーブたちです。

 周囲の薪ストーブ仲間もそれぞれ違ったものを使っていますが、みんな自分のが一番良いと思っているようです。「手前味噌」というか「我が家のペット自慢」みたいに語りだすと手がつけられません。

 で、我が家の自慢は、おじいちゃんが気に入っているってことです。

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 おじいちゃん(父)は、はじめ家に薪ストーブをすえる事を快く思ってはいなかったようでした。今は、少しでも時間ができるとストーブの前にごろんと横になります。どちらかというと、おばあちゃんのほうがよくここで寝ています。でも、このとおり二人してくっついて寝ていることが多いです。

 私は、このネスターマーチンの『スタンフォード』と、車庫で眠っているハースストーンの『フェニックス』をその日の気分で使いわけできないか、ちょっと贅沢なことを考えています。

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2008年12月 4日 (木)

山まつり

今日は山まつり

 山の神様が天からおりてきて木を数える日。人が山に入ると木に数えられ木になってしまうから、山に入ってはいけない日といわれます。

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 朝から家内がぼた餅を作ってくれました。それを、秘密基地の近くにある山神さんの小さなほこらにお供えに行きました。これは、我が家でずっと続いているものではなくて、私が人に教わって始めたものです。

 山で様々なものをいただきながらくらしていると、「ありがたいなあ」といつも思います。これは学習するものではなくて、体に染み込むと表現するしかない、ここで長くくらすからわかることなのです。このありがたさは、同時に恐れでもあります。

 山に行くと「去年は平気で歩けた場所が、落ちそうで怖くて行けない場所になったりする」と家内がいってます。私はその怖さを知ることが大切なことだと返事しました。

 それでも、山まつりの今日、正月用として出荷するウラジロを採りに息子と二人山に行くと家内が言うので、昼からは私も山に入った。「木に数えられてしまうなら私も一緒に」と思ったわけではありません。

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2008年12月 3日 (水)

20年住む家

 平成元年にこの家を建てた。

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 昭和60年の初め、設計図と大工さんの作ってくれた材料一覧表を持って山に入った。「この木は、家のどこに使う」と決めて伐採してくれた太郎さんは、木のこと山のことに詳しい人です。そして山から里へ木を出してくる作業も手助けしてくれました。

 山に育っている木の中から、設計図にあわせ必要な木を一本いっぽん選び、伐採したら枝はそのまま残し、かわはぎをし山で自然乾燥させました。木を村道に倒さなければならないところもあって、そのために何ヶ月か通行止めにした事もあった。そして、木が乾いた頃に必要な長さに切って里に運び出し、製材所では目的どおりにそれぞれの木を製材する。若い木で40年生、柱になる木は80年生以上、古い木は130年生くらいでした。

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 そのような方法で家を建てるのはとても不経済なことです。それでもおじいちゃんは、自分の山の木で、できるだけ昔の方法で自分の住む家を建てることにこだわりがあったので、たいがいの材料は自分の山で調達しました。例えば柱は100本近いものになりましたから、他の構造材や壁の材料を入れるとそれを調達する作業は随分なものになったわけです。

 今から思うと、私にとってはとてもよい経験だった。

 

 

 

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2008年12月 2日 (火)

ありがたいお日様

 薄く霜が降りていました。

 朝、犬たちと散歩に行くことが多くなり、おとぼけ『うっふ』と、おてんば『シェリー』の様子を見ながら歩くだけで楽しい気持ちになる。そして、毎日歩く同じ場所でも、少しずつ季節が変わる様子は見ていて飽きがこない。

 散歩から帰り家の西側は、ちょうど中垣内(ちゅうがいと)の裏山にあたるのですが、朝日が山の上のほうにあたっていました。

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 龍神のような山あいの村は、山陰(やまかげ)になるかならないかで、大変な違いがあります。

 20年ほど前にくらしていた西明は、冬場も朝早くから日があたり、それが普通でした。今くらしている小原は、同じ宮代でも特に我が家の周辺は、冬の寒い時期には11時頃にならないと日があたりません。大霜の日など、昼前にひなたから見ると、家の周辺は朝のような雰囲気なのです。

 ここでくらすようになって、冬のお日様のありがたさが分かるようになりました。

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2008年12月 1日 (月)

紙飛行機

 和歌山大学の聴講で、BigUに何回か通った。聴講メンバーは少なかったのですが、何か楽しいことがいつもあった。毎回、顔をあわせたときはそうでもないのですが、しばらくすると皆さん何となくほわ~っとしてきて、安心できる時間がうれしかった。大体テーマが「子供の発達と運動」だったと思うのですが、そんなテーマで「ぎすぎす」するはずはない。

 それはともかく、その講座では、自分たちが発表したりすることもあった。私は宮崎さんに『楽しい紙飛行機』の作り方を教えてもらった。これがまたよく飛ぶので、一機頂いた。家に持ち帰り、スパイのように、解いては折りたたみ、解いては折りたたみを繰り返しました。

 夕方、翔龍祭のちらしの余ったのを見つけ、折り目なしのぴかぴかの紙をおり、見事な紙飛行機を2機作りました。

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 そういえば子供の頃、この村にも『宣伝カー』なるものが来て『ちらし』をまき、なにやら叫びながら走ることがあった。子供たちはそれを追いかけ、チラシをもらうのです。何の広告かは関係なくピカピカの紙がうれしかった。りんご箱の上とか、思い思いの場所で、紙飛行機をひたすら折るのです。

 自慢の作品が完成したら、道路から川に向かって飛ばしあいをする。たいがいちょっと飛んで川に墜落し、向かいの川原まで飛べば上出来でした。ある時、あつし君の飛行機が、川を越え上昇し始め、山の向こうに消えたことがあった。たぶん風に巻き上げられただけだったのでしょうが、それからしばらく『あつし君』は英雄でした。

 見事に完成した紙飛行機を子供の頃遊んだ誰かと飛ばし、そのあと自慢げに折り方を教えてあげたい。

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