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2009年3月

2009年3月31日 (火)

庭の春

我が家の小さな庭にも春がやってきています。

 おじいちゃんの知り合いにつくってもらった庭は、おじいちゃんの自慢。

 毎日草をひいたり、ながめたりしている。

 「モッコクの下に15本、そいに、あそこに3本。もう出て来とる」

 朝、おじいちゃんと顔をあわせたら急に話し始めたので、何のことかわからなかった。

 「よう、なんじゃぁだ」

 ますます分からないので、モッコクの下を見に行ったらクマガイソウが芽を伸ばしていた。

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 元の株は、おじいちゃんが家の山から引いてきたものらしい。

 龍神で育っているクマガイソウを山から移してもなかなか育たないのに、よほどこの場所を気に入ったのでしょうか、毎年株分れを繰り返しています。

 庭を造るとき、浪曲好きの庭師さんは石にしても土にしても、たいがいの材料を家の山から運び出してくれました。家族それぞれが、身近な自然の中に入れなくなったときのことを考えてくれたのです。

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2009年3月30日 (月)

散歩道

キブシ(だと思う)の花が咲き始めています。

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 犬とくらす私たちが恵まれていると思う一つが、自分の林道を持っているということです。たった300メートルほどの平坦なものと、いくつもひじ折りながら山に登る600メートルほどの作業道です。主に利用しているのは300メートルの谷沿いの道です。

 この道が、朝夕は犬たちの散歩道になります。

 仔犬から我が家に来たうっふは(ラブラドールのオスでイエロー)散歩に出ることができるようになってすぐからこの林道に来て、谷に飛び込み、山に飛び上がり、野生動物を追いかけ、時には一緒に山の仕事にも付き合ってくれます。

 ここに来るとリードをつけずに自由に歩かせます。だめ、来い、待て、すわれ、帰ろう等の言葉は理解していますからめったなことでは、私たちから離れることはありません。

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 その後、うっふのお嫁さんに来てくれたシェリー(ラブラドールのメスでブラック)は、はじめのうち、この林道に来ても放すことはできず、いつもリードでつながったままで散歩をしました。

 話しかけに応えるようになり、山の岩場にもなれ、リードなしで放しててやれるようになっても時々脱走事件を起したりと大変でした。

 最近はそのシェリーが、うっふより以前からいるみたいに振舞っています。

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 どんな日も、朝夕必ずといってよいほど来るこの林道は、犬たちのおかげで、ゆっくり歩いたり立ち止まったりしますから、季節の変化や、野生動物の観察などのチャンスをくれる場所になりました。

 同時に思い出も作ってきた。

 食いしん坊のうっふが、バスタオルを腸に詰まらせてしまい手術を受けることになった日の朝は、泣きながら最後の散歩と覚悟した。

 シェリーが7頭の仔犬を産んだ時は、3ヶ月目にしてシェリーも久しぶりの散歩。ところが、こちらが育児疲れで林道から畑に転がり落ちたこともあった。

 家族が離れていても同じ年月を積み重ねるように、犬たちと季節の移ろいを感じながら林道の散歩を続けたい。

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2009年3月29日 (日)

応援歌

玉ほとばしる清き流れに 山の緑のしたたるところ

    こだまつきせぬこの宮代の  名も麗しきわが学び舎よ

朝日かがやく学び舎や  丘よ広野よ山すそよ

    ああ育ちゆくこのふるさとに 夢と希望を伸ばそうよ

歴史の光この山里に   生まれいでたるよろこび誇り

    強く正しく生い立ちて   平和の国をうちたてん

 これは、今日、閉校式を行った宮代小学校の校歌だ。この歌が大好きで、我が子が卒業してからも、家族で何度か合唱したことがあった。

 今日、小学生たちと一緒に校歌を歌いながら思い出すことがたくさんあった。

 色々な行事がこの歌ともに行われてきたこと。

  我が子が入学するごとに、一緒にこの歌を何度も練習したこと。

 少人数だったが色々な体験をさせてもらい、それぞれがいきいきと学校生活をおくらせてもらったこと。

 地域の人々のつながりの中で子供たちは怒られたりほめられたりしながら守られ育てられて来たこと。

 子どもの成長とともに親も一緒に悩んだり迷ったりしながらよりいい道を探そうとしたこと。

 and so on ・・・

 思い出がたくさん詰まった母校がなくなる、地域の学校が消える。そう考えると閉校はやっぱりさみしい。だが、これから育ちゆくこどもたちが新しい学校で夢と希望を伸ばしていくことを思えば、次につながる楽しみがある。

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 宮代小学校は、今日130年の歴史にピリオドをうった。きょうの歌声は、地域のみんなからこれからを生きる者たちへの応援歌だ。

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2009年3月28日 (土)

宮代小学校の思い出

私たちの宮代小学校は明日閉校式を迎える

 宮代小学校は、子供たちが学ぶ場だけでなく、この地域にくらす私たちをつなぐ存在でもあった。

そしてこの学校を卒業した者には、建物の様子が変わってもたくさんの思い出が詰まった場所でもある。

 思い出といっても今の時代では考えられない事柄が多い。

 その頃は先生が交代で宿直をしており、職員室に宿直室があった。

担任の先生が宿直当番になるとぼくたちはよく学校に泊まった。

たぶん平日だったように思うので、起きると学校という便利なこともできた。

あるとき担任の先生が「今日からお前ら、泊まるな。校長に叱られた」若い先生が夜一人で学校に泊まるのはさみしかっただろう。

 夏、川開きがあった。

予定した日はそれまでに降った雨で薄茶色に濁っていた。

それでもみんなで川に行き「泳ぎたいものは泳いでよい」と先生が言う。

調子に乗った私は、何とか向こう岸についたけど、水をのんでげぼげぼしていたが川の音で向こうには聞こえない。

たいがいの子供が、向こう岸から帰る勇気も自信もないから、かみに行ったりしもに行ったりして時間をつぶした。

「帰って来~い」叫ぶ先生はいいけど私たちは、これぞ必死の覚悟で川に飛び込み何とか元の場所に帰り着いた。

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そのころ、ヘビの尻尾を持ってぐるぐる回して投げる遊びをする先輩たちがいたのですが、その一人がヘビにかまれた。

川開きの後、川原に子供を集めて先生は「ヒバカリやったからよかったけどハビ(マムシ)やったらえらいことじゃ」とヘビには危険なものもいると話してくれた。

それ以後ヘビ投げはしなくなった。

ヒバカリがヤマカガシのことだと知ったのはずいぶん後のことです

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2009年3月27日 (金)

晩霜(おそじも)

 今朝の霜を晩霜とよんでよいでしょうか。

 犬たち(ラブラドールのうっふ(オス)とシェリー(メス))を朝の散歩に連れて行くと秘密基地へつづく林道は白く光っていた。

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 よく見ると、霜が降りているだけではなくて、春になって芽を出した細い葉の先に着いた露が凍っている。これは晩霜とよんで良いだろうと思っていたら、雨が降り始めた。

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 雨のしずくで晩霜は消え、草も花もよみがえった。

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2009年3月26日 (木)

宮代小学校 テニスボール野球

 宮代小学校が閉校になる。

 私たちの地域で130年も続いた学校です。

 私が入学した昭和30年代の後半は、校舎は木造で大雨が降ると雨漏りがした。給食は脱脂粉乳のミルクと農協で焼いたパンそれに『もとのさん』が作ったおかずがついた。全校児童が90人余り。同級生が12人

 その頃

 運動場の川側に一段低く幅3メートルほどの道路があり、材木を積んだトラックがゆっさんゆっさん通った。そこからさらに川側に田んぼが続いた。

 秋、運動場から下に、稲束を干したさおが迷路みたいに見えた。私たちは運動場でテニスボールで野球をした。春から夏にかけてレフトにファールを打つと水が溜まった田に飛び込む、稲が茂ってくると、飛んだ場所を覚えておいて、ボールをさがす。

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 夏の夕方、いつものようにテニスボール野球をしていると、小学校の下のほうから真っ黒に日焼けした『Gケンさん』がやってくる。もう野球をやめて帰りたいけど、逃げられない。みんなヘビに睨まれたかえるみたいに観念して、運動場に現れるであろう彼を待った。

 「おい、ちょいとバットかせ」「放ってこい」で、それに促されピッチャーが投げると、一振りで大ホームラン。その一打で『Gケンさん』は帰っていく。その後みんなでボールをさがす。日が暮れるまで。

 そして今

 学校のまわりの田んぼで、残っているのは一枚だけになり、たいがいは国道に姿を変えた。

 それにしても

 あのときの『Gケンさん』は怖かったけどかっこよかった。

 

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2009年3月25日 (水)

お花見ポイント

 私のお花見ポイントは、腐れ木(クサレギ=田んぼの名前)のあたりから谷沿いに上をながめる場所です。

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  腐れ木の上に山桜

 我が家の田には全て名前がついていますが、私が作業を引き継いだとき、名のない田もあった。10年ほど前、家族に名前を募集したら、この田は『腐れ木』となった。

 この田、草刈り用に足場があったのですが、腐っていたのを気付かなかったおばあちゃんが、水の溜まった田に滑り落ち泥まみれになったのを末娘が見ていておかしかったらしい。それで『腐れ木』という名になった。今では想像もできない、おばあちゃん元気だった頃の話です。

 このポイント、先日まで『たくやん』の梅が咲いていて次にサクランボが、そして今は手前にビシャコ(ヒサカキ)が小さな花を咲かせ、サオヤの向こうに山桜が咲いています。

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   ビシャコの花

 桜が終わればレンゲが咲き始め、それが終わるとアジサイの季節。

 ぼーっと花を眺める『お花見百姓』は、秋までいそがしい。

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2009年3月24日 (火)

ゼンマイとタイミング

 昨日、お母さんから届いた写メールには「すごいやろう」と添えられていたけど何の写真かは分からなかった。「反応が遅い」と言うけど、ゼンマイと気付いたときは、すでに返信のタイミングではなかった。

 今月はじめ、足場の補修をした急斜面に、ゼンマイが芽を出したというのです。

 で、夕方、ぐらぐら安定しない足場の上で、ゼンマイを探したら本当に小さな芽がいくつも出ていた。足場の作業時期が遅れていたら、新しい芽を折ってしまうところでした。

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 これから、2~3日したら、4月中ごろまで定期的に収穫をすることになります。 採ってきたものは、綿を取り除き、ゆでてアクを抜き、日に干し、しんなり乾いた頃から今度は、もみながら干し上げ保存食とします。 

 メールの返信タイミングは逃したけど、ゼンマイ足場の修繕タイミングは逃さなくてよかった。

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2009年3月23日 (月)

昼食は外で

和歌山県でも私たちの暮らす龍神村では、梅の花は3月始め頃に咲きます。

 もう梅の花が終わろうかという天気のよい日、昼ごはんを家の外で食べました。家の物干しから、道路を隔ててあっ君の梅畑が最高の場所にあります。もう薄くなっていましたが梅の花のにおいも届いてきていました。花見をしながら家内が作った親子丼をいただわけです。

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 我が家では、時々このように外で普通にご飯を食べる機会があります。田んぼの季節に台所へ上がれないので、外で食べたのが始まりです。こんなときのメニューは丼物やカレーなどです。

 家族が一緒に食べることもあるし、それぞれがお気に入りの場所で食べることもあります。今は暖かい場所がよいし、夏は木陰がよい。質素なものでも食べる場所を変えるだけで贅沢な食事になるものです。

 一度だけ流しそうめんをしたときはみんな燃えました。竹を切る係、水を引き込む者、そうめん係で準備をし、はじめはそうめんを流していたのですが途中からブドウ、プチトマト、ゼリー、チョコレート、日が暮れる頃には、何が流れてくるかこわいし、楽しいし、回転寿司みたいでした。(もしかしたら回転寿司の発想は流しそうめんかも)

 これから暖かくなると家の外で昼ごはんを食べる機会が多くなります。次はどこで食べようかと今から悩んでいます。

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2009年3月22日 (日)

いつもの春

 龍神村森林組合がFSC(森林認証)に登録されていたとき、少しの面積ですが我が家の『どれざこ』(崩れやすい場所・落ちそうな場所)を多様な動物が生息しその環境を守っている森林として仲間に入れてもらっていました。

 登録以前から、鳥が巣穴を作っている木は切らない、ムササビが住み着いた洞のある木は残す、等のことは続けてきていましたので新たに特別な取り組みをする必要もありませんでした。

 この場所は、地形にも恵まれていませんから、自分たちにとっても、環境を大きく変えることは、管理するという点で大きな負担になるのです。そして何より、動物がくらしている様子を見えるのはうれしいです。

 先日、『どれざこ』の様子を見に行ってきました。

 ムササビの中継基地(私がそう呼んでいるだけ)もちゃんと使われているみたいでした。

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 それに今にも倒れそうな、ヒノキの枯れ木にも例年のようにムササビがくらしていました。

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見つけ辛いのですが、画像のほぼ中央に顔を出しています。

 百数十年生きた杉の木にあいた小さな穴、奥のほうからミツバチがうごめく音も聞こえました。そこに寝転がり見上げていたら、空を舞うトンビの影が見えました。もうすぐ子育てが始まるでしょう。

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 いつもとかわらない春がやってきそうです。

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2009年3月21日 (土)

人生の共犯者

 イワタバコが芽を出しました。

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 秘密基地のある谷は、柿原の田んぼの水源です。ここには小さなコンクリートの堰がありそこから田んぼに水を送る溝が始まっているのですが、周辺にイワタバコが生えており、5月の中ごろから秋までこの葉を天ぷらにしていただきます。

 昨日から娘夫婦が帰ってきており、朝から息子、新しい息子それに私で、これから稲を手始めに苗物を育てたり、収穫物を乾燥したりするのに使うハウスに新しいビニールを張った。午後は、娘も加わりストーブ用の薪を機械で割る者、薪を運ぶ者、片づけをする者に分かれて作業をし、へとへとになった。

 家に帰ると、家内が小さなケーキを半分食べろとくれた。「いらない」と言うと、誰かが残した最後のケーキを食べたいらしいが、叱られたら困るので半分食べろと、口に入れられた。彼女が言うには『夫婦は人生の共犯者』なのだそうだ。『だから食べろ』それはよい言葉だと思い、関係ないような気もするけど、残りのケーキをいただいた。

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2009年3月20日 (金)

薪ストーブと子育て

夏は別として、雨の降る日は薪ストーブを焚くことが多い。

 昨夜などは、結構雨が降ったので『薪ストーブ』となりました。一夜明けても雨は残っているし、ストーブに火も残っていたので、薪を入れた。

 10時頃から日があたり始めた。ストーブは絶好調。部屋はちょっと暑い。そこで、「今日は彼岸でもあることですから」と先日からの『味噌の麹がよく育つ音楽』をかけながら、いつもの椅子に座って本を読むことにした。

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 今読んでいるのは、『子どもはなぜモンスターになるのか』です。この本は子育てをしている人たちだけが読む本ではない、今を生きる者がちょっと振り返るのに、大切なヒントをくれる本だと思います。この部類の本で助けられたり、反省させられたりしました。今回も反省ばかりしながら読んでいます。

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 これからも身近に置くだろうと思う本3冊です。『子どもが育つ魔法の言葉』は息子が買ってくれたもの、『自分をまもる本』は私が家族に1冊ずつプレゼントしたものです。

 子育てのとき犬たち(ラブラドールのうっふとシェリー)にはずいぶん助けられたけど、今日のように薪ストーブのそばで過ごすような時間もあったらよかったと思う。

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2009年3月18日 (水)

手前味噌 Ⅲ(ビンが活躍)

薪ストーブの部屋に麹の匂いが漂いはじめた。

一日中、薪ストーブに火を入れていたのが良かったのか、スピーカーから流れる音楽が良かったのか、とにかく麦にも米にも真っ白なカビがひろがった。

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部屋から麹の入った『もろぶた』を外に出し、これでもかという量の塩を振りかけ混ぜる。

すでに、3日前から水に浸けておいた大豆は火にかけている。

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2時間近く煮ると指でつぶれるくらいに柔らかくなるので、それを水切りし機械ですりつぶす。

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麹とつぶした大豆を混ぜて樽に入れる(少しなめてみたら、もう味噌の味がした)。樽に詰めていくとき、空気が中にたまらないように、自分にあったビンなどで順につき固めていく。

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空気に触れやすい表面には、最後に塩をふりかける。

 これで1年間、日のあたらない温度変化の少ない場所に寝かせれば味噌が出来上がります。今回使った麦を種まきから数えてみたら、2年4ヵ月後にやっと人の口に入る計算になります。今の時代では考えられない悠長な話です。

 塩以外は、米も麦も大豆も自分の家で採れたものですから、一年後に食べ頃を迎える味噌はきっと美味しいでしょう。

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2009年3月17日 (火)

手前味噌 Ⅱ(薪ストーブと音楽)

 味噌の麹が育っています。

 まだまだ温度が低い龍神村で、この麹を育てる手助けをしてくれているのが、薪ストーブです。燃えているのは桜と楢。眠っているのは『うっふ』(ラブラドールのオス)

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 犬が眠り、薪ストーブが燃えるこの部屋に麦と米あわせて1斗2升分を『もろぶた』9枚に入れて積み上げています。

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 もしかしたら生育が違うかもと、流しているのは、チェコフィル(スターズ・インザ・サン)と小室のアコースティックバージョンそれに、おくりびとのサウンドトラック。スピーカーは30年近く愛用するソニーG7です。

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 気持ちの良い暖かさと、気持ちの良い音楽がきっとよい味噌の元を育ててくれると思っています。

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シルバー・ガゼル

シルバー・ガゼルは、おじいちゃんの電動自転車の愛称。私が「シルバー・ホースはどうか」と息子に聞いたらしばらく考え「ガゼルのほうがええんちゃうか」というのでこの名になった。何故、ガゼルの方が良いのかは聞かなかった。

 今年で車の運転をやめると宣言した父は、自転車に乗る練習を始めた。若い頃に自転車屋をしていたからお手の物ですが、腰が曲がってきているので立ち漕ぎができない。坂道ののぼりが大変だと気付いた。

 そこでおじいちゃんは、『坂道ののぼりも楽々』の電動自転車を買うことにした。どのメーカーにするか、店を回るのには息子が付き合った。量販店で試乗を試みたら、ゴルフクラブ売り場に突っ込んだ。「なあに、立てとった棒(クラブ)がこけただけじゃ」というが、息子は恥ずかしいやら、店員さんに悪いやら冷や汗ものだったようだ。先日、注文していたものが届いた。

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 雨がぱらつく中、ヤッケを着込んで早速練習をするという。家の周辺だけだろうと、後ろをついて歩いていたらそのままスピードを上げて、走り去った。

 しばらく待っても帰ってこないので捜しに行った。見つからない。今度は、ガードレールのないところでは、道下まで捜したけど見つからなかった。

 道端で作業していた。里志くんに聞いたら「さっき、ぴらくそに(速い様子)この前通ってかみの方へ行って、ほん今、また家のほうへ走ったで」それを聞いて家に帰ったら、シルバー・ガゼルが車庫においてあった。

 車の事故の心配から開放されたけど、今度はシルバー・ガゼルで怪我をしないか心配が始まりました。

 たまに見かけるカモシカは崖っぷちでも平然と歩いている・・・・ガゼルとした息子の願いはそれなのかもしれない。

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2009年3月16日 (月)

彼岸餅

勤めから帰ると、もち米が蒸されているにおいがした。

 母屋と離れの間が、簡易のカマドで火を焚く場所になっています。おばあちゃん(母)は、そこに火を入れ、餅つきの準備をして待っていてくれた。

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 蒸し始めてどれくらい経つのかたずねたら、もう丁度よいくらいに蒸しあがっているとのこと、帰って来る時間まで計算して、準備を進めたようです。

 かといって、『今日はふらつくさか(軽いめまいがして)、なんにもできん』というおばあちゃんは危なっかしくて何もたのめません。夕食準備中の家内にもたのめず、息子と二人餅つきを始めた。

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 4升を2回に分けてつく、この一回つく単位を『くぼ』といいます。このあたりで『2くぼつく』といったら、4升つくことを意味します。

 ひとくぼ目はヨモギ餅、ふたくぼ目が白い餅。つきあがった餅は、おじいちゃんとおばあちゃんが丸めてくれます。

 明日は彼岸の入りです。この杵つき餅、家や親戚の仏壇にお供えします。

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薪割り

天気まわりが良くなったので薪割をはじめました。

 金曜と日曜の二日間で軽トラ5台分の薪を割り木納屋(木を入れるための小屋)に入れました。冬に薪サイズに切ってそのまま積み上げていたものですから、白く菌糸が見えるものから、実際にきのこが生えているものまであります。

 天気が良いので、寒さで火にあたることもなく、ただひたすら薪割をする者(私)、割った薪を軽トラに積み込み木納屋に運び積み上げる者(息子)に分かれて処理していくだけです。

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 普段と違った作業に入ると、必ずといってよいほどアクシデントがあります。今回は左手親指をちょこっとはさんでしまい(私)ました。夕方まで作業は続けたのですが、一晩ズッキンズッキンが続きました。

 あと4日ぐらいで何とか片付くと思っています。

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2009年3月14日 (土)

手前味噌

遅れていた味噌の仕込をはじめました。

 Kちゃんと2軒分、約2斗の味噌を作ることになったのです。麦と米をそれぞれ6升を昨日から浸けておいたものを蒸してゆきます。

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 蒸しあがったら、『もろぶた』という餅などをついた時に入れる木箱にひろげ、麦と米を良くかき混ぜる。

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 そこへ、買ってきた糀(こうじ)をふりかけ、ねかすだけ。

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単純な作業ですが、午後いっぱいかかりました。

こうして寝かしておくと来週には表面が真っ白になるくらい菌が広がります。水曜日に次の作業(大豆を混ぜる)をすることになっています。

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2009年3月13日 (金)

雨音に混ざって

雨が降ると薪ストーブの部屋は特別雨音がひどい。

 薪ストーブを取り付けるとき、6畳分くらい部屋を広げました。増築部分は、『カワラボウ』とかいう鉄板で葺いたので、屋根を打つ雨音が直接聞こえるわけです。

 この鉄板の屋根、雨だれ程度でしたら、気持ちの良い響きなのですが、雨脚がひどくなると不安をかき立てる音にかわります。

 夜をここで過ごすようになったうっふ(犬の名=ラブラドールのオス=シェリーの亭主)は、今、雨音に負けない寝息(いびき)をたてながら眠り、家内はパッチワークの針を進めています。

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 時々ストーブから、木の爆ぜる音が聞こえたり、時々うっふのため息が聞こえたりすると、だんだんひどい雨音が気にならなくなるのです。

 今夜、春を迎える雨が降っています。

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2009年3月11日 (水)

阿弥陀堂

日高川町の猪谷(旧美山村)には阿弥陀堂がある。

椿山ダム沿いの国道から温泉療養館に向かってしばらく入ると猪谷です。

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 定休日だったので、療養館の駐車場に車を止め、猪谷にそって少し歩くと斜めにあがる歩道がある。その道を少し登ると阿弥陀堂に着く。そこは台地になっていて田んぼが広がっている。そしてそこを囲うように棚田とその上に畑が続いていた。

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 手前の黒く見える寒冷紗(かんれいしゃ)はたぶん千両だと思う。阿弥陀堂の前に立ってながめて見ると、全ての耕地が大切に守られている様子が分かる。

 堂の中には駕籠(かご)が吊ってあった。この地区で急病人が出たときに搬送するために用意されていたものでしょう。

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 今の時代には不用なものでしょうが、暮らしの中で困ったときに助け合う証みたいに残されている。

 大切に守られている田畑と阿弥陀堂と駕籠です。

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2009年3月10日 (火)

ホットケーキ

 夕食後小腹がすいたので、ホットケーキを焼こうということになった。

 ケーキは焼くからコーヒー入れてとお母さんにたのんだ。

 私はボールと粉を用意して、「たまごいくつ?」「牛乳ないけど水でええかなあ?」「で、水はどれ位入れたらええの?」「バターかマーガリンか?」と聞いてばっかり。ジャムだけは、前にタッパー3個分作った柚子ジャムがあるから聞かなくてよい。すると、ジャムより『蜂蜜かメイプルシロップ』が良いという。

 家内は、頂き物の蜂蜜を戸棚から出してきて、蓋を開けてほしいと言うけど、こちらも意地があるから『蓋が硬くて開かない』と努力もせずに断って『柚子ジャムも美味いよ』説得した。

10分ほどで第1回目が焼きあがった。柚子ジャムをのせたら、うめー

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 酒を飲める口でも持っていたらこんなことはないのでしょうが、それにしても夕食後にホットケーキ焼いている50過ぎの夫婦もいないだろうと、おかしく思った。

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2009年3月 9日 (月)

麦と鹿

 棚田の一枚に植えた麦、また鹿に食べられてしまった。

 これまで、鹿に入られては張り巡らせた電気柵を修理することを繰り返していたが、今回は修理が必要な断線がないから、鹿がいったいどこから侵入したか分からない。どう対策したらよいか迷う。

 今年は、収穫をあきらめようと思いながら。竹馬屋(屋号)の麦畑を見に行った。すくすく成長した麦がまだあまり伸びていなければ、今からでも対策して、我が家の麦にまだまだ頑張ってもらおうと思ったからです。

 竹馬屋に『おさやん』はおらず、家の裏の畑に『さとみさん』がおった。「え~さんなっとうで、うちはみな鹿に食われた」と先に言われた。ボヤキを聞いてもらおうと訪問したのに、先にぼやかれた。

 ここの畑は、シートを張った外側にネットを張って、それでも一部を倒して入って来たらしい。麦畑の中には、先のちぎれた株と、鹿の足跡がいっぱいあったけど、今度はさらに防護柵を補強をするのだそうだ。

 「そいじゃ」帰ろうとしたら、これからどうするのかと聞かれ、柿原の山に気晴らしに遊びに行くと答えたら。「次に雨ん降ったらまた鹿ん入るでぇ、今から田圃へ行て、柵を二重にしやんせえ。そいから、山へ行たらええわだ」尻を叩かれその足で、電気柵を2重に張る作業をしました。

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 もらった勇気で、あと2~3回は鹿に食べられても立ち向かえるでしょう。

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2009年3月 8日 (日)

ゼンマイ採りの足場

 ゼンマイ用の足場にと切って出してきたさおを、西の岡に干して1ヶ月ほどになる。昨シーズンはママが転落するという事件も起こっているから、何をおいても足場をセットする作業をしなければならない。

 などと言うほどのものでもなく、立つのがやっとの斜面に杭を打ち、そこにさおを安定させるだけの作業です。

 杭は百数十年のヒノキの枝を使います。公平ちゃんの裏山の間伐をしたときにいただいた枝です。これくらいの樹齢になると枝の芯は油分が多く赤くなっているのですが、地面に杭として打ち込んでもなかなか腐らないので安心です。

 朝から作業を始めて昼前には無事完成

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 早ければ4月の始めくらいからゼンマイの収穫が始まります。

 

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2009年3月 7日 (土)

まだ燃えています。

 このあたりは標高約350メートル、和歌山といっても山の中ですから、やっぱり冬は寒いし春は遅い。

 それで、今も薪ストーブが燃えているわけです。

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 山に囲まれた龍神ですが、薪ストーブを設置している家はそう多くはありません。本格的なもので一番設置が早かったのは森林組合です。一般の家ではTさん、次が刀鍛冶かな。その次がAさんだと思う。

 この間、刀鍛冶に出会い写真を撮らせてもらった。ついでに、その近くのAさんの家にも行って写真を撮ったのでちょっと紹介

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これが刀鍛冶の家のセネカ。

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その近所のAさんのセネカ。

同じストーブでも家の中心に設置したものと、部屋の角に設置した場合とではずいぶん雰囲気が違うものです。

 村の中で、セネカはこの2台、あとダッチウエストではセコイヤ、フィデラルコンベクションを設置した家があります。こうして数えてみると結構、薪ストーブを入れた家があるようなので、取材して機会があったらまた紹介します。

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2009年3月 6日 (金)

゛正しい゛ダニのとり方

足は痒く腫れています。

 先日、膏薬(こうやく)を貼って見事にダニをとったと思ったけど、それからかゆみと腫れがおさまりません。腫れは足首まで、痒みはひざの上まできております。弁慶の泣き所など指で押さえると凹み、しばらくそのまま指の形が残るほどです。

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 さっき夕ご飯を食べながら、おじいちゃん(父)に聞いたら「そりゃ~、先に『せんねん灸』じゃ」という。膏薬でじっくり退治したから『よくもこの野郎』とダニの仕返しにあったのかもしれません。

 娘に『うっふ(愛犬)についたダニが、薪ストーブで温められ動き始めて私についたのかも・・・・』メールしたら『うっふがいつもダニに耐えているのがかわいそう』らしい。友人にこの話をしたら「虫もつかないよりいいかも」と言う。お母さんだけが「お父さん大丈夫?」といってきた。

 次、ダニに食われたら、①お母さんにだけ話す。②せんねん灸で退治する。これが登美屋の『正しいダニのとり方』です。

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2009年3月 5日 (木)

靴脱ぎ禁止区域

勝手口に靴脱ぎ禁止区域を設けた。

正確には、どこで脱いでもいいけど、二本の赤い線の間は靴を置いてはいけない区域としたのです。

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 2年ほど前から、左にちょこっと写っている洗濯機が水漏れをしはじめ、それがジャジャ漏れではなく、じわーっとなので、どこを修理してよいか分からない。水漏れだけで電気屋さんに修理をたのむのもどうかと思うし、ましてや買換えなど考えも及ばない。

 この水漏れで、一番困るのが勝手口が濡れること、一番怖いのは両親が濡れた床で滑って転んだりすること。

 そのようなことを気にしながら、ここ何日か漏れて流れる水を見ていて、邪魔するものがなかったら、水は赤い線の中をいつも流れることが分かった。いままで途中に靴のダムがあったりしたから、せき止められた水でコンクリートの床が広く濡れていたのです。そこで水が流れる範囲を、靴脱ぎ禁止区域にしたというわけです。

 非積極的で、子供じみているとおもわれるかもしれませんが、田んぼや山との付き合い方と似たものがあります。自然に逆らうより、人が状況に合わせれば良いのです。

 この水漏れ洗濯機と落書き勝手口、こんなくらしが楽しいのです。

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2009年3月 3日 (火)

ダニのとり方

 車に乗っているとき、ひざの裏がかゆいので指で触れたら、なにやら突起物があった。

 家に帰りよく見ると、何とか小さな黒い点が発見できた。きっとダニです。

 以前、これを無理にとったら、ダニの口が皮膚に残りその後かゆみが長く続き、かくと小さく化膿したりして大変だった。

 山には、この小さなダニと『ゴウソ』と呼ばれているカメムシくらいの大きさの茶色のものがいるのですが、幸いでっかいヤツには、今まで食いつかれたことはありません。

 両親は、ダニやゴウソが体につくと、せんねん灸をその上に貼り付けて火をつけたり、サロンパスなどの膏薬(こうやく)を貼り数時間置いてはがす方法をとっています。

 私は、はがした後すぐに風呂に入るとひどく湯を熱く感じる膏薬を張ることにしました。この膏薬には、虫に効きそうな辛子成分があると思うからです。朝貼ったそれを先ほどはがしました。すると ジャジャ~ン

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 確かにダニです。見事に?とれました。『ざまぁみろ』です。

 ダニの口が私の皮膚に残っていなければよいのですが、確認できません。悲しいかな、私の老眼が、採取したダニの細部を見ることも、ひざの裏を見ることも許してくれないのです。

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2009年3月 2日 (月)

庭の手入れに似合うもの

「寿々木米若、知らんかな~」

 「じゃ、佐渡情話は?」「『おみつ』の出てくる・・・・知らんか」おじいちゃん(父)の友人は、浪曲師『寿々木米若(すずき・よねわか)』の話を聞かせてくれた。私にとって初めて聞く名前、しかも浪曲と聞いただけで縁のないものと思っていた。

 庭師さんは、浪曲を聴きながら枝を整えていく。犬たちは、久しぶりに出会ってもおぼえているのでしょう、流れてくる浪曲と剪定ばさみの音と庭師さんの動きにきょろきょろしている。

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 庭師さんと浪曲、あまりに似合っていてかっこいいから、午後は早めに勤めから帰り、剪定していく様子を見ながら浪曲を聞いた。

 何せ、リピートでCDをかけているから内容が何となく分かってくる。「『おみつ』が登場しましたね」というと、うれしそうに「そうか、分かるかい」と喜んでくれた。

 そして「この芽を伸ばさんようにして、古い葉をむしって・・・・小枝の軸が・・・・・」松を剪定するコツも説明もしてくれた。

 長い説明も聞いたけど、ひとつ分かったことは、庭の手入れには浪曲が似合うということ。

 

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2009年3月 1日 (日)

つなぐ

どんな家庭でも「年中円満」ってことはない。と、思う

いつも、ありがたいと思うのは、我が家の風呂は薪で沸かすということ。

 薪ですから、スイッチのひとひねりで、すぐに風呂が温まるわけではない。薪をくべて、しばらくしないと温まってはこない。

 今晩、おじいちゃんが「お先にいただいたよ」と風呂から出た後、焚き口でなにやらごそごそしている。見に行き「ごめん、風呂ぬるかったん?」と聞いたら「ちょうどええ湯やったよ」といいながら薪をくべ、火吹き竹で火を起している。

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 次に入る人が、ぬるかったら悪いので追い焚きをしてくれているのです。

 日常の暮らしの中で、どんなに不満があっても、木にかかわるときは、育てるときも、使うときも、次の人のことを考えてかかわるのです。

 毎日使う、薪で沸かす風呂は家族の気持ちをつないでくれる、大切な存在です。

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