« お花見ポイント | トップページ | 晩霜(おそじも) »

2009年3月26日 (木)

宮代小学校 テニスボール野球

 宮代小学校が閉校になる。

 私たちの地域で130年も続いた学校です。

 私が入学した昭和30年代の後半は、校舎は木造で大雨が降ると雨漏りがした。給食は脱脂粉乳のミルクと農協で焼いたパンそれに『もとのさん』が作ったおかずがついた。全校児童が90人余り。同級生が12人

 その頃

 運動場の川側に一段低く幅3メートルほどの道路があり、材木を積んだトラックがゆっさんゆっさん通った。そこからさらに川側に田んぼが続いた。

 秋、運動場から下に、稲束を干したさおが迷路みたいに見えた。私たちは運動場でテニスボールで野球をした。春から夏にかけてレフトにファールを打つと水が溜まった田に飛び込む、稲が茂ってくると、飛んだ場所を覚えておいて、ボールをさがす。

Img_6667

 夏の夕方、いつものようにテニスボール野球をしていると、小学校の下のほうから真っ黒に日焼けした『Gケンさん』がやってくる。もう野球をやめて帰りたいけど、逃げられない。みんなヘビに睨まれたかえるみたいに観念して、運動場に現れるであろう彼を待った。

 「おい、ちょいとバットかせ」「放ってこい」で、それに促されピッチャーが投げると、一振りで大ホームラン。その一打で『Gケンさん』は帰っていく。その後みんなでボールをさがす。日が暮れるまで。

 そして今

 学校のまわりの田んぼで、残っているのは一枚だけになり、たいがいは国道に姿を変えた。

 それにしても

 あのときの『Gケンさん』は怖かったけどかっこよかった。

 

|

« お花見ポイント | トップページ | 晩霜(おそじも) »

ひとり言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« お花見ポイント | トップページ | 晩霜(おそじも) »