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2009年6月22日 (月)

反省のとき

 台所で朝ごはんの準備をしながら家内が、手招きする。指差した先には、おじいちゃん(父)が離れの椅子に腰掛けて遠くを眺める姿があった。

Img_7177

 最近、朝のひと時をこうして過ごしているようです。おじいちゃんが眺めている方角には、のひろぎ(山の頂の名)が見え、その下には見えませんが我が家の田や、今の家に越してくる前の古い家があります。

 おじいちゃんに、何を見ているのか尋ねる雰囲気ではなく、そっとしておいてあげるのが一番のように思います。

 人はいくつもの顔を持ちながら、一日や一生を過ごす。おじいちゃんは、田畑に出ると人が変わったみたいになり、手のつけようがないくらいいらいらしているときがある。あせったからと言って、何もかわる事はないのだから、好々爺のように一日を過ごせばよいと思うのですがそうもいかないようです。

 もしかしたら、朝のこの静かなひと時は、いらいらしたときの自分らしくない顔を反省をしているのかもしれない。

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