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2009年12月27日 (日)

竹内さんから Ⅱ

 昨日ブログに書きました、翔龍祭の開会式でのインタープリテーションの翻訳をいたしましたので・・・・

翻訳版

私たちが耕作している田は、大概段々になった棚田になっている

春になれば谷から田に水を引き込みます。

その頃には雨が降ってくれる。でも谷の水はあまり増えない。

ですから、少しの水を頼りに、上の田から順に水をため田植え準備をしていく。

雨が降っても水が増えない谷はあてにはできないから、大丈夫かなと心配しながら

少しでも水漏れが少なくなるように、丁寧に土をかき混ぜる。

そう言っても、作業するのは耕運機だからその後をついて歩くだけです。

その後にあぜぬりをします。少し畦を削る感じで底のほうまで土を掘り取って、削った畦に思いっきりうち付ける。

丁寧にすればそれだけ、夏まで水の心配をしなくてすむような気がするのです。

今年もそのようなことを思いながら畦塗りをしていたとき。腰が痛いので、少し腰を伸ばして、ノヒロギからフナザコのほうを見たら、杉の新芽が美しく見えて、木1本ずつの外側を黄緑で包むように見えた。

私はやっと気づいたのです。山の杉やヒノキが、今の雨をいっぱい吸い上げているということを。

それで、今度は反対に、夏に雨が降らないとき谷の水が枯れないのはそのようなことの逆のことが起こっているのだろうと。

本当に昔の人はよく考えて

谷があれば、その後ろに控える山の分の水があり、それに合わせて田を開き、そこから収穫できる米の分で人が暮らせる環境を整えてくれている。

私には大発見だ。でもそれを先輩方に言うと笑われます。何十年も山の手入れをし、稲を作ってきた人たちは、よく知っている。言葉に出さないだけです。

知っているからこそ、一生懸命になって手入れをするのです。

私たちが本当に幸せなのは こういったことをテレビや本で知るのではなく、『ここでくらし、自然の中で働きながら知ることができる』ということだと思う。

私たちは、自然現象で何が起こっても後悔がないように、一生懸命稲を作り山を育てていきましょう。

 昨日の『竹内さんから』と今回の『竹内さんからⅡ』では少し意味の違うところがあるかもしれません。それに実際、翔龍祭で使った方言とは違います。でも、大体のところは同じです。

 このような、水と人と山、自然とそこに暮らす者の関係を、田植え準備しながら体で感じたことは、私にとって今年の大きな収穫のひとつです。(米はめちゃくちゃ不作でしたが)

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