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2010年4月14日 (水)

鎹(かすがい)

 『子は鎹』確かに!と思う年頃を私は過ぎました。

 別に子が鎹では持たないというほど夫婦仲がきわどいわけではありません。それぞれの年齢や状況にあって鎹なる存在が夫婦にはあると言うことにやっと気付いたのです。

 昨日の夕食後、私たちのところにおばあちゃん(母)がやってきて「あの~、どう言えばいいか‥」ずっと言葉をさがしているのは分かるのですが、何を言いたいかが私には分からない。廊下に座り込むおばあちゃんに向き合って家内が座り、話し始めるのをずっと待っていた。

私はその間に風呂に入った。出てきたとき、おばあちゃんはいなかった。訊くと「さみしかったんじゃないかなぁ」という。

 またある朝は、「昨日はどうもお世話になりました」おばあちゃんが深々と頭を下げてごはんの席に着くから、何やら分からないまま「いえいえ、どういたしまして」と返事したあとで、用足しの失敗を大騒ぎで片付けたことのお礼だと知った事もある。

 推測でしかありませんが、私がした親への対応で逆に家内が「これは失礼しました」みたいな状況があるかもしれません。

 今、私たちにとって龍神と御坊に暮らす両親が鎹です。

 負担とか苦労を夫婦で分け合うと言うようなものではなく、夫婦で家庭の課題を解決していくことを楽しむのが鎹だとするならわくわくする毎日となる。かな

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家内の作品(娘が愛用中)

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