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2010年9月

2010年9月30日 (木)

眠くなる本

なぜか読み始めるとすぐに眠くなる映画とか本というものがあります。

家族に誘われて行ったジブリの映画で最後まで起きておれたものは無い。なぜか途中で気持ちよく眠ってしまいます。

そして、本では『森のお店やさん』です。

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この本はたぶん小学生向けだと思うのですが、読んでいると忘れてはいけないものが詰まっている気もする。最近気付いたのですがこの本を開くと、すぐ気持ちよく眠ってしまうのです。ですから、何度も読み返す。うむうむと納得する。また眠くなる。

この本とセットなのが薪ストーブの部屋の時計です。

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時計屋さんで見つけ形が気に入ったので家内に買ってもよいか相談したらあっさり「ほんま、ええねえ」となった。その後、この時計にまつわるものが『森のお店屋さん』だと知ったのです。

今夜部屋の温度は20℃もうすぐ、薪ストーブに火を入れる季節です。

これから先、ストーブのそばでうたた寝がしたいときは、この本を開くことにします。

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2010年9月29日 (水)

次に向って

夏が終わった。

久しぶりに秘密基地へ行った日は少し寒く感じる日だった。ちょっと試しにと薪ストーブに火を入れてみた。久しぶりでしたが調子よく燃え始めた。もうすぐ火をながめて過ごす季節がやって来るのだと思った。

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長くそばにいるとやはり暑いので外に出た。

基地の裏手に回り、去年の秋からシートに包んだままのボートを見ながら『夏が終わったのに今年は一度も漕がなかった』ことを悔やんだ。

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日高川でタイヤチューブに乗ったりしてちょっとは遊んだのですが、ボートを担ぎ出して遊ぶ余裕までは無かったのです。ボートだけに限ってみると、何もせずに夏をすごしてしまったような気がします。

季節の変わり目のたびに、やり残したむなしさと次の季節への期待とが入り混じった複雑な気持ちになる。

ボートのそばには子供用のそりが雪の日の出番を待っている。過ぎたことは忘れて次の季節を精一杯楽しもうと決めた。

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2010年9月27日 (月)

先週刈り取って干していた稲の稲はち(脱穀)を日曜日にすることになった。

(龍神では、稲の収穫作業を総称で「秋をする(あきょーする)」という)

「夕方から雨じゃさか、今日は稲はちじゃ」朝からおじいちゃん(父)が張り切っているので、柳田(我が家の田の名)の稲はちをすることになった。

私だけは朝ご飯無し、先に行き準備を始めた。柳田は棚田の東側になりますから、朝は日当たりが悪いので、朝露が消えるのを待たなければなりません。

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9時半ごろやっと、裏山の杉が作る影が田んぼから消え、日があたり始めた。

すると今度は、稲株の影ができた。そして、刈り取りから一週間で芽を出した草にのった露が緑の中で輝く。

 露がなくなるのを待ちながらも、その露が消えなければよいのにと見ていた。

しばらくすると、ブオ~ンと息子と一緒に、おじいちゃんとおばあちゃん、家内と一緒に娘がやって来たので稲はちをはじめた。

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秋は夜もよいが、朝もよい。

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2010年9月25日 (土)

誕生日にピアノ

今日は家内の誕生日が近いことをお祝いしてジャズピアノを聴く日です。

夕食のメニューは豚角煮とおでんとグラタンおむすびバイキング。午後から息子と娘と私で下準備

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夕方6時半、すべての準備が終わる頃にはへとへと。エプロンを外して会場へ急いだ。おじいちゃんおばあちゃん私、息子に娘、友人も招待というか来てもらってにぎやかに話しながら同じ時間を過ごした。

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 長い夕食の後、ピアノに耳を傾けた。 こちらで計画してピアノを私達のために引いてもらうなどということは初めてだったので、聴く力の入れようが普段とは違う。これまでに、このような多彩な響きをピアノから聴いたことは無かったような気がする。

家内のおかげで、贅沢な時を過ごすことができた。

さて、次に誕生日を控えているのはおばあちゃんです。どのような誕生会になるか今からわくわく、楽しみです。

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2010年9月24日 (金)

朝露

『人はそれぞれ』と言うけど大きく見ればみんな同じなのだろうと朝露を見て思う。

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同じ種類の草は同じような葉の形をしているのは当たり前。ところが朝露までその種類によって共通したつき方をする。

人も、葉についた朝露のように外からの影響を受けて同じような雫を作っているのでしょう。

みんな、同じかたちの幸せと苦しみがあるのだろうと思いながら散歩道を歩いた。

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2010年9月23日 (木)

稲束の向うにお月様

「これから刈るよ」息子から電話が入った。

稲刈りの「手伝いをしろ」と言われたわけではないのですが、私は4時には「もう帰るよ」と勤め先に宣言して家に向った。

『たまや』でアイスを買って田に行くと、刈り残り一枚になって息子は疲れた様子であぜに腰掛けていた。二人で少し休むと気を取り直したようにまた残りの稲を刈りはじめた。

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思ったより稲の束数が多かったので追加のさおを運びこみ、一束ずつさおにかけた。稲掛けが終わる頃には日が暮れ東の空に月が現れた。

棚田で汗をぬぐいながら掛けた稲束の向こうにきれいなお月様です。飾るものもお供えするものも無いのですが、なんとも感動的なお月見になりました。

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あえて訊こうとは思わないのですが、息子はお月見の日に稲刈りを終えたかったのかもしれません。

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2010年9月21日 (火)

柳田

柳田は我が家で一番広い田です。最近道路がそばを通ったので1反になりましたが、とにかく家で一番広い田です。

日曜日は、柳田の刈り取りの日でした。朝露があるので刈り始めは10時。行ってみるとそばの道路に稲の穂が散らばっている。

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サルが来たようです。幸い電気柵の刺激で道路から手を伸ばして盗って行っただけでした。気を取り直して作業開始

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作業が始まると、やっぱり大御所登場です。

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稲刈りと言えば、腰にわら束をつけて刈り取った稲を束ねながら作業するのが昔からのスタイル。これで準備OKです。

それでもすぐに薬師堂の木陰に寝転びます。(腰にわらをつけたまま)

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稲をかけるさおは何年前のものかわからない。毎年家族か手助けに来てくれる人の肩にかつがれて一週間ほどさお屋(さおを仕舞う細長い小屋)から出て稲を干せば、また元のさお屋に帰るだけ。

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年輪の数より長い間『我が家のさお』をしてくれています。

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稲を干してできた影にござを敷けば休憩場所に早がわり。夕方はふらふらになって無事作業を終了しました。

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(薬師堂の楠の木陰で休む母とそれに付き合う父)

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2010年9月18日 (土)

うっふは13歳

うっふは9月14日で13歳になりました。うっふという我が家の愛犬は、犬社会では下手くそな生き方をするところはありますが、少しひいき目ですが『人間良し』です。

今朝は、久しぶりに我が家の林道へ散歩に入りました。

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眩しい朝の日差しの中、シェリーとうっふは夫婦でじゃれあいながら、匂い付けをしています。

谷に入り、少し光がやさしくなるとその分動きもゆっくりになるのは不思議です。

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緑の草の上ではしゃいだり、寝転んだりしていましたが、「そろそろ帰ろうか」声をかけるとむっくり起き上がってきます。そうして、桂の葉が香ばしい散歩道を行ったり来たりしながら家に引き返すのです。

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家に帰るとシェリーは小屋に入り、うっふは軒下の犬走りを走り回ります。

この季節、まだまだ日中から夕方まで日が当たっているときは暑いので、西日が射してくると犬走りに日が当たり、小さな影が貴重な場所になります。

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うっふは『沖縄の寅さん』みたいな小さな知恵を働かせるひょうきん者でもある13歳です。

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2010年9月16日 (木)

秋の夜に

出しそびれていた返事をやっと書きました。

5月から8月にいただいたはがきの返事ですから、先方はもうお忘れかもしれません。私は忘れていたわけではなく、どのように返事を出させていただくのがよいか考えていて、頭から離れたことはありませんでした。

こうして秋の虫がなきはじめると、心の準備ができたというか『素直に、そのままを書けばよいのだ』といった気分になるのは不思議です。

字は下手でも愛用の『万年筆』。知り合いの家具作家に、構造や引き出しは杉で天板は桜と注文をつけて作ってもらった『ふみ机』。

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最近手放せないのは老眼鏡。これは息子のお下がりのフレームで作ったものです。

ほっとできる物に囲まれているのも贅沢ですが、それを使って秋の夜にお便りを書けることが贅沢だと感じました。

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2010年9月14日 (火)

同じ田に立つ

稲刈りを『チリ』から始めましたが、昼前には暑さでふらふらになりました。

田畑に出るとエンジン全開になる両親を心配し、娘が傘をさしかけたり、お茶を運んだりして面倒をみてくれる。

朝、みんなの稲刈り出動を待てなくて、先に田んぼへ自転車で向った父の姿が見えないので心配していたら、大きなくしゃみが下のほうで聞こえた。父はしいたけ乾燥場の前で稲を束ねるわらの準備をしていました。

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いつもは、『何をしてよいかわからないが、じっと座っておれない』母ですが、田に来れば自然に体が動く。

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 曲がったままの腰ですが、父も田に入ると生き生きしています。 

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3時ごろには日がかげる『西の岡』ですから、『休むのも楽』

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『面倒みるのも楽』になります。

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ここ数年、両親が田んぼに来て作業できるのもこれでおしまいかと毎年思うのですが今年も大丈夫でした。

 私達は、稲を刈る作業より、両親が危なくないかと神経を使うので作業はなかなかすすみません。ただ、家族で同じ田に立ち共に収穫する事も大切なことだと思うのです。

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2010年9月12日 (日)

秋を告げる散歩道

犬達の散歩は、いつの間にか息子が担当するようになった。散歩の道は二つあり、春の終わりから秋の始まりまでは星神さんにつながる林道を利用し、それ以外の季節は、我が家の私設林道を使います。

私設の林道は、そばを流れる谷に田んぼへの水を引いている小さな堰があるのですが、そこに水の調整を見に来る方は『犬が怖い』という人なので、その方を怖がらせてはいけないので、夏の間は違う場所へ散歩に行くわけです。

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そろそろ我が家の林道へ散歩に行ける季節になったので、これまで使わせてもらった林道の草刈をしようと思った。

犬達の散歩に久しぶりに行き、様子を見ていると

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ツユクサが朝の雨の雫をいっぱいに輝いていた。

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かと思うと、花をつけたマツカゼソウが風に揺れている。

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そのそばには、ヌスビトハギがその名の由来の種をつけていた。

夏の間、お世話になったこの道は、秋の始まりを告げている。

そのような季節の草花を見つけてしまうと、刈ってしまうのは忍びないので、通行の邪魔になる張り出した枝と、路肩を見えにくくしている草だけを刈ることにした。

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2010年9月11日 (土)

稲刈りの始まり

家の田んぼは『西の岡』と『柳田』の2ヶ所です。他に公平ちゃんの田んぼを借りて稲とピーマンを作っています。

西の岡は、名のとおり西の岡にありますから朝日は早いのですが、午後になると背の山に日が隠れるので、このように暑い日が続くと特に午後ここで作業するのは他でするより好都合です。

 そんなわけで、体もまだ稲の刈り取り作業に慣れていない、刈り始めは例年ここからスタートすることが多いのです。

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 3時、急に思い立って田んぼに行った。今年の稲刈りは、大田(とは、言っても3畝(3アール)ほどの田です)から始めました。

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 1時間足らずで刈り終わって、さおを運び杭を持ち込んで『さがり』を組んで稲をかけます。

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 稲株が上になり穂はぶら下がった格好で干し、株にビニールを掛けます。この株元だけをカバーするためのビニールをかける作業は、雨の多いこの地域で30年ほど前から始まったものです。

 息子と娘がやってきて3人でやっと5時に作業終了でした。この上に『チリ』その上にサルが襲来した『腰切れ』と『丸田』が山際まで続きます。明日は朝からこの3枚と『腐れ木』を片付ける予定です。

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2010年9月10日 (金)

義父のこと

 父が逝った。

 頑固で、講釈言いで、行動も然り、『ちょい悪おやじ』どころではない人でしたから、二人の娘も母も随分苦労したようです。本当に、他人なら近寄りたくないようなところを持ち合わせた人でした。ただ、私には、講釈も何も言わないどころか、私のいうことだけは素直に聞いてくれる人でした。

 最後の入院生活も『おじいちゃん・・・・』などと病院の人たちに親しくしてもらえるような患者ではなかった。

 父が元気だった頃

 実家に家族で行って帰るときになるといつも寝た振りをして、冬はコタツから出てこなかったし、夏は薄い布団を頭からかぶっていた。そして「気いつけて帰れよ」と言ってまた布団をかぶる。チラッと見た目はうるうるでした。

 私がひとりで出会いに行って帰るときは、そのようなことはなく「帰ってきます」挨拶すると元気に「おうっ」と声を出してそれだけでした。

 意識がなくなり始めた頃

 おじいちゃんの終わりが近くなり、どの人が誰なのかわからなくなる頃、出会いに病院へ行くと「おう、え~さんか」と声に出し、そしてにこっと笑った。帰り際に手を振ったら、自由に動かないと思っていた手を振って、声にはならなかったのですが「気いつけて帰れよ」と口を動かした。私は「はい」と返事してもう一度手を振った。また父も同じ動作で同じことを言った。

 義父にやっと認められ、父の娘や孫を託された気がした。

お別れの日

 タイに暮らす娘は、父の好きだったランを抱えて帰国し、孫達はおじいちゃんの好物を持ち寄って、愛用の警察犬訓練士の帽子とともに棺に納めてた。

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 会場には、おじいちゃんのアルバムが置かれ、正面にはアルバムの裏表紙に書かれたおじいちゃんの言葉「金の成る木と違い、金を捨てる木を集める馬鹿人間」が飾られた。

 馬鹿人間はおじいちゃんだろうし、金を捨てる木は私たちのことでしょう。

 

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2010年9月 2日 (木)

一緒の時間

父親の看病をするために御坊市の実家で暮らしている家内を映画に誘い、私は龍神を出た。二人で映画に行くのは6月の末に『ていだかんかん』を観て以来です。

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午前中にメールが来ておじいちゃんの病状を心配しているようすだったので、気晴らしになればと誘ったのです。私は夫婦で見るのは恋愛物だろうと思っていましたが、電話すると笑えるものがよいと言うので「踊る大捜査線」に決めて一時間あまりの道のりを急いだ。

御坊に着くと、少しずつ体力の落ちていくおじいちゃんをみていると、できるだけ一緒にいてあげたい。「やっぱり、独りにしておくのはかわいそうだ」と家内が言うので映画は取りやめた。

元気なときは、とても仲がよいとはいえない父と娘でしたが、残された時間が見えてくると大切なことを再確認するのでしょう。春に母親を亡くしそして今、父との別れが近づいている。

3時間ほど御坊にいたあと龍神に帰りながら、そのようなことを考えていた。信号で止まったとき『不二家』が見えた。人影は見えないけど、まだ開いている様子だったのでそのまま駐車場に入り、モンブランを一つ買った。

亡くなったおばあちゃんは、ここのモンブランが大好きで、これを買っていくといつも美味しそうに食べていた。最後に送る日も、子供達がここまで求めに来てそれを棺に納めた。

 家内ができるだけおじいちゃんのそばに付き添ってあげたいというなら、私はその留守の間、龍神の家に作ったおばあちゃんの祭壇を少し真面目におまつりしようと思ったのです。

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2010年9月 1日 (水)

サル襲来

 今年こそサルや猪が秋の田んぼに入らないよう電気柵を引きなおし、一日中電気を流していたのに

「え~さん、猿が山の栗の木の所から入りょるで・・・」

夕方みどりちゃんが電話をくれたので急いで田んぼに向った。

 車から降り、逃げてくれることを祈りながら山際の田んぼに向った。(奥多摩で猿に二回尻を噛まれたことがある)幸い、猿達は少し姿を見せたもののすぐに山に逃げ込んだ。今回は早い時期に気付いて知らせてくれたので、被害は少なかった。

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第二陣でしょうか、次の田んぼに移ろうとした形跡もあります。

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我が家の田が見える場所でみなさんが心配して、見張っていてくれたようです。

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猿が入ったのは、向こうのまだまだ緑が濃い田んぼですが、もみを剥ぐとちゃんとした米になっていました。稲穂に鼻を近づけると炊き立てのご飯のにおいを感じます。人間よりもっと臭覚が敏感で腹をすかせた猿達にはたまらないご馳走でしょう。

それには、猿用の看板も意味が無かったようです。

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 先ほど田んぼへテントを張って来ました。夜中にはそこへ行って明け方の襲来に備えるつもりです。 少しわくわくしています。

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