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2010年9月10日 (金)

義父のこと

 父が逝った。

 頑固で、講釈言いで、行動も然り、『ちょい悪おやじ』どころではない人でしたから、二人の娘も母も随分苦労したようです。本当に、他人なら近寄りたくないようなところを持ち合わせた人でした。ただ、私には、講釈も何も言わないどころか、私のいうことだけは素直に聞いてくれる人でした。

 最後の入院生活も『おじいちゃん・・・・』などと病院の人たちに親しくしてもらえるような患者ではなかった。

 父が元気だった頃

 実家に家族で行って帰るときになるといつも寝た振りをして、冬はコタツから出てこなかったし、夏は薄い布団を頭からかぶっていた。そして「気いつけて帰れよ」と言ってまた布団をかぶる。チラッと見た目はうるうるでした。

 私がひとりで出会いに行って帰るときは、そのようなことはなく「帰ってきます」挨拶すると元気に「おうっ」と声を出してそれだけでした。

 意識がなくなり始めた頃

 おじいちゃんの終わりが近くなり、どの人が誰なのかわからなくなる頃、出会いに病院へ行くと「おう、え~さんか」と声に出し、そしてにこっと笑った。帰り際に手を振ったら、自由に動かないと思っていた手を振って、声にはならなかったのですが「気いつけて帰れよ」と口を動かした。私は「はい」と返事してもう一度手を振った。また父も同じ動作で同じことを言った。

 義父にやっと認められ、父の娘や孫を託された気がした。

お別れの日

 タイに暮らす娘は、父の好きだったランを抱えて帰国し、孫達はおじいちゃんの好物を持ち寄って、愛用の警察犬訓練士の帽子とともに棺に納めてた。

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 会場には、おじいちゃんのアルバムが置かれ、正面にはアルバムの裏表紙に書かれたおじいちゃんの言葉「金の成る木と違い、金を捨てる木を集める馬鹿人間」が飾られた。

 馬鹿人間はおじいちゃんだろうし、金を捨てる木は私たちのことでしょう。

 

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