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2011年3月

2011年3月20日 (日)

いたちごっこ

冬、電機柵で囲った田に鹿が入り一番寒い時期を乗り切った麦の大半を食べられた。復旧するとき麦畑の中にも線を張り電気を流しておいた。

二回目に入ったときは、線が邪魔で麦を食べずに退散したようでした。でも、杭は倒れ線は垂れ下がっていたのを復旧したのは先週のこと

今朝見ると、電気柵も立っているし、麦もすくすく伸びています。

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それでは、別の田んぼの電気柵を修繕に行こうと軽トラに乗ったら『としくん』に止められた。

「山から下りてきた鹿が、道路を通って、え~さんとこの田んぼの石垣のぼって麦畑へ行きょんの知っとるかい」そういいながら現場へ案内してくれた。

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おっしゃるとおり。説明によると、たくやんとこの裏山から降りてきた鹿は、水仙の中を歩いて道路に出て、うちの石垣をよじ登って、田に上がり、草を食べ、山に帰るとき土だらけの足で石垣から飛び降り、同じルートで山に帰った。言われてみると、アスファルト道に土が落ちて、足跡もくっきり残っています。

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今日一日で、ここのほか、東光寺、本郷と3ヶ所設置している電気柵の修繕を済ませた。多分来週も、どこかが壊されているか、新しい進入ルートを開拓されていると思う。

終わりのない戦いですが、これに降参するとここでは野菜も稲も育てられません。作物と耕地を守るための『いたちごっこ』は続きます。

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2011年3月19日 (土)

心配事

夜の月があたりを明るくしています。

この時期、冬と春の天気が交互にやってくる。でも確かに春はやってきており、杉の木の赤茶色の葉はひと雨ごとに少しずつ青みを帯びてきたように思います。

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最近、わくわくする事より、重苦しい鼓動を感じることが多くなった。そのような日々を過ごすうち、年を重ねることは、心配事を増やすことなのだと思うようになりました。

それを整理してみたら、心配事は二つの種類があるようです。

一つは、自然に対する心配事。風は、雨は、お日さまは、動物達は、田は、山は、水は、作物は、木は・・・・。やさしくしてくれるだろうか。

二つ目は、経済的な活動の心配事。

できれば、一つ目の心配事にきちんと向き合って一生懸命生きるようにしたいものです。

私に命を与えてくれたのは自然ですから。

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2011年3月17日 (木)

豊かさ

御坊の父が生前愛用していた赤いガラスの花瓶に、私の大好きなフリージアをさし、流しの前に置いています。

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私は20年ほど前、すごくきれいな青いガラスの花瓶を見つけ思案の末に買い求め、洋ランを趣味で育てている父にプレゼントした。けれど、贈った花瓶に父がランを活けたのを見たことはなかった。

その花瓶は遺品を整理するとき、何重にも新聞紙に包まれて出てきた。丹精込めて育てた花を生けるのは、長く使っているお気に入りの赤い花瓶が最高で、それ以外は必要なかったのでしょう。

こだわりをもって物を大切にすることこそ美しい。

ここ数日、大変な災害を目の当たりにし、今までのくらしを反省する日々が続いておりました。

今朝、この花瓶を見て、今からでも遅くはない、本当の豊かさを考え直してみようと決めました。今を生きる私達は、次の命にどのような豊かさをおくれば良いのでしょうか。

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2011年3月 9日 (水)

不思議な感覚

おじいちゃんの仕事にと薪割りができるように準備しています。

シイタケ栽培、田畑を起こし、山の手入れをする。両親が若い頃から続けてきた日常です。

これまで、ゆっくり家で休むような日がないままに過ごしてきた二人ですから、80歳を過ぎた頃から「何をして良いやら分からないけど何かしなければ・・・・」そのような状況になる日が多くなってきました。

そんな時「ゆっくりしたら」等と声をかけるより、危険の少ない単純な仕事を用意します。しかもそれは今までの暮らしと近いもので、家族にとって必要なものであるほうが本人の満足度も上がります。

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今は、薪割りです。借りた広場へ風呂用の寸法にカットした割りやすい木を置いています。落ち着きを失った日などは、ここで作業してもらうことで安定を取り戻すのにも役立ちます。

離れの下駄箱の上には、ゴム引きの手袋が置かれています。手袋はおじいちゃんのもの、手袋の下にチラッと見えているのが野菜の種、おばあちゃんが家族のため、畑に蒔こうと準備しているものです。

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私は勤めで嫌なことがあったり、両親の行動に落ち着きのない夕方など離れに行き何を話すでもなく一緒の時間を過ごします。時々、何がありがたいのかはよく分からないのですが「ありがたいな」という感覚がふわ~っと湧くのを感じます。

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2011年3月 8日 (火)

春のしるし

秘密基地がある谷に入るともう春らしくなっています。

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ひと雨ごとに水かさは増え、それに応えるように、少しずつ少しずつ緑も増えてきています。

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ついこの間までの雪景色が嘘のようです。

我家に春を教えてくれる『しるし』がある筈。いつもの場所に目を凝らしていたら、ありました。

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イワタバコの新芽が姿を見せていました。

もう春です。

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2011年3月 3日 (木)

薄煙

午後、すさみ町の山の中に入った。

何度か通うこの道で、暮らす人がいるのかどうか分からない一つの集落を、これまで通り過ぎていた。

今日は、光が明るかったので、車を止めその集落そばの谷に入ってみた。

田には枯れ草が残り、鹿の足跡と、倒れた獣避けの柵、背が高くなったシキミ、その先に雨戸の閉まった家が3.4軒、振り返ると、小さなお堂と歴史のありそうな墓が一段高いところに見える。

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谷の流れが光に輝いても、流れの音が清々しくても、そのような風景に出会うと、辛くなる。気持ちだけでなく、心臓まで異常な動きになる。それは明らかにときめきとは正反対の鼓動です。

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谷に沿って続く田に作業用の道を整備したのはつい最近のようです。少なくとも去年は耕作しなかった田は、今年も耕作されそうにない。それらに反するように透明感いっぱいの豊かな谷の流れ。

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私は、豊かな自然に働きかけ生きてゆく人の営みが消えてゆく現実がこわいのだろう。この風景の中にいると、同じような山村にくらす行く末と重ねて、自分の今というものがすごく無意味に思え辛くなる。

そのように気持ちを整理したとき、

人がいないと思った屋根の向こうに、風呂でも沸かしているのかかすかに煙が見えた。

『ここを離れるのは今だ』と少しほっとしながら私は谷を出た。

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(富田川に咲いた水仙)

自然に感謝しながら今を一生懸命生きようと思う。

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2011年3月 1日 (火)

小さな種

勤め先の小さな花壇に植えた『ニンニク』は見事に成長してきています。

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成長する事は分かっていた筈なのです。『小さなかけら』を植えるときも、その後芽を出した時も、このようになることを具体的に描いていなかったのです。成長した今を画像に残そうとしてそれに気付いた。

自分の『夢の小さな種』は、初めに描くものよりずっと大きくなっていくに違いない。

いっぱい夢をふくらませながら、小さな種を蒔いていこうと思う。さすが『ニンニク』見ているだけでも元気をもらう。

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