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2011年9月

2011年9月22日 (木)

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天日に干した稲から日向のにおいがしていましたが、雨でそれは消えました。台風が過ぎ、田の畔道を歩いておりましたら刈り残した稲から焚き立ての御飯のにおいがしました。

明け方に鹿の恋鳴きが響きました。

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2011年9月12日 (月)

複雑な思い

龍神村で、1ヶ所だけ土砂崩れと共に家が流出した。

三軒の家が土砂に流されたのですが、狭い村のことですから、もちろん私の知り合いでもあります。先日道路の復旧作業で、その方たちが避難している家にお邪魔しお話を聞いた。

ふとんに入ったが、雨脚がひどく、長く続くので起き出し普段着に着替えた。

家の周りを見回った。

近くの湧水を確認しに行ったら、濁りが出始めたので近所に声をかけ車で避難した。

避難場所は、山崩れの心配のない林道沿いの空き地。

夜が明け、避難に応じなかった人の家へ徒歩で向かった。

向かう途中の道路で山崩れの予感がしたので、同伴の奥さんと急いで通り抜けた。

通り抜けるとすぐに、山からの土砂で道路がふさがった。

目的の家に向かうと、第一回目の土砂崩れがその人の家近くに来ていた。

その人を家から無理やり連れ出し、山に逃げた。

10分後大きな土砂崩れがきて残った家を流した。

山の地形をみながら安全なコースを避難した。

尾根に上がれば、道はなくても歩きやすくなっているので尾根に向かった。

近くの民家へ向かう一番安全なルートを頭に描き、尾根を下りた。

大まかにはそのような内容でした。

雨脚がひどくなった夜中から朝までに、避難のリーダーとなったその方の判断の元になったのは、親からの教えであったり、山で暮らしてきた人の知恵であったり、これまでの経験だったのだろうと思いながら話を聞いた。

復旧作業の中、役所の方が見え一緒に災害現場に入る機会があった。

私も馴染みのある場所がこう変わるのかと唖然として見た。その打ちひしがれた中で、流れ出た木の枝に泥の中から引き出された浴衣とジャンパーが干してあった。

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生きる人の力なのか、やっと見つけた思い出なのか、よく分からない。私は、複雑な思いで現場を離れた。

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2011年9月10日 (土)

有難いひと時

 台風による3日の大雨は、私のこれまでで一番の雨だったと言えます。

 子どもの頃、数回祖母と一緒に高い場所にある公民館へ避難したことはありますが、今回の日高川の水位はその時の最高よりさらに50センチほど高く、わが家の棚田の一番下にある納屋の床まで水が来た。

 納屋に置いていたハナチのクイ(稲を干すときに使う杭)も流されて無くなった。谷は荒れ、上の集落に上がる歩道も削り取られ、そばにあるわが家の田んぼも一部崩れた。それをゆっくり確認したのは昨日の夕方でした。勤め先の関係で、道路の仮復旧作業に明け暮れ田畑に行く時間がなかったのです。

 孤立集落解消のための仮道が昨日やっと出来あがり、それを通って道路の確認に行った。帰り道、丹生ノ川小学校のあと地に出来ている、丹生やませみ温泉に知り合いの姿が見えたから出会いに行った。

 木を燃料にして湯の温度を保っているこの温泉ですが、チップボイラーの調子が悪いらしく工具を手に作業していた。

「せっかく入ろうと思ったのに」

「お~入るるで」・・・・。

「ごめん財布忘れた」

「お前のことじゃ、立て替えとくさか、入っていかんせえ」

変なことを言った手前、仕方なく、でもうれしさ半分、温泉に入ることにした。

午後3時、たった一人で貸し切り風呂。台風以来初めてのお客だそうだ。

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実際に道路の復旧作業で働いてくれた人たちに申し訳なく思いながら、湯に浸かった。

歯茎がはれ、扁桃腺が痛く、肩がカチカチになっていることにその時気付いた。わが身の不調に気づく有難いひと時でした。

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