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2012年10月11日 (木)

青信号ひとつ

「話、聞きたい?」「結構ですけど」夕食後、家内の問いに洗濯物をたたみながら返事した。「絶対楽しいと思うけど?」台所の片づけが終わり濡れたままの手で、もう一度言う。

今日、町に出ての帰り道、上秋津の片側通行の信号で止まっていたら、こんこんと窓をたたく人に気付いて、開けたら。「そろそろ行きませんか。」「青信号ひとつ過ぎましたし・・・・」

信号で止まった家内は、エンジンを止めそのままうたた寝をし、青になってもそのままで、また信号が赤になって、それを我慢していた後ろの人が起こしてくれたそうです。

昨年の台風被害で片側通行の信号がいたるところに設置されていて、復旧とともにその数は減りましたが、家から町に出るのに虎ヶ峰を通るコースでは、まだ4か所残っている。たいがいのドライバーは、それが青になるのをイライラしながら待ち、信号機にセットされた秒読みのカウンターが20秒を切るとスタートする人さえいる。

片側通行の信号で、眠る人も少ないが、青信号で進まない車をじっと待つ後続の人も大したものだ。迷惑をかけた車が何台あったかは分からないが、クラクションを鳴らす人もいなかったようです。家内はお礼とお詫びに、信号を過ぎた次の広場で、皆さんに道を譲ったらしい。

P1080310

赤だろうが青だろうが、信号一つで人生に大きな違いはない。でも、ちょっとでも早く、ちょっとでも前へ、が当たり前の時代です。静かに青信号ひとつ逃してくれた後続の人たちは、多分笑いながら豊かな気持ちになったと思う。

家内は『寝ていた』だけですけど。

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コメント

本当にいいお話でした。先日発進が一呼吸遅れただけで2回もクラクション鳴らされて荒んだ気持ちになっていましたが心がほっこりしました。何て紀州の人々はおおらかで心の優しいのだろうと嬉しくなりました。こんな故郷があるって幸せですね。

投稿: おさやんのいもうと | 2012年10月14日 (日) 15時54分

 今の時代(昔もそうかもしれませんが)いつも、人は気持ちに余裕があるわけではないですよね。
 家内は友人との食事のあとで、ほっこりしていて信号で眠ってしまったし、後続の人たちも何かの偶然で皆さんほっこりしていたのでしょうね。
 イライラしている人がいても、ほっこりした人に受け入れてもらえることの方が多いんでしょうし、受け入れることでほっこりできるみたいです。人って不思議でおかしいですよね。
 思い出すのは40年近く前。高校生の私は通学で龍神バスに乗っていた。途中でバスを止めたおばさんが「お父さんがトイレに入っているから,待ってほしい」と言った。数分待ってから運転手さんの問いに「お父さんはしゃがむと長いんじゃだ」と応えたので、雨の日の乗客は大笑い。それからしばらく待って、みんなは笑顔でその『すっきりしたお父さん』の乗車を迎えました。

投稿: えい | 2012年10月16日 (火) 07時53分

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