ひとり言

2013年8月31日 (土)

うっふ

昨日の夕方『うっふ』は、息をひきとりました。

『別れのない出会いはない』それを教えてくれるように『うっふ』は、15年ほど前、はじめて家に来た夜に眠った玄関で、昨夜別れの時を迎えたのでした。

大切なことは、別れの時をどう受け入れるかよりも、同じ時をどう過ごすのかだとは思うのですが、ちょっとつらい。

家族は、それぞれの思い出を胸に、うっふをおくろうとしています。

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2013年8月13日 (火)

ララロカレ(RaRa Locale)

 最近、私の流行は田辺市上屋敷にある町屋カフェでご飯を食べて、隣にあるララ・ロカレ(RaRa Locale)でコーヒーを飲みながら本を読むこと。

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趣のある建物があることは知っていましたが、元々市庁舎だったという建物が改装され、ララ・ロカレになった。ひとりで入っても居心地が良いのでつい長居をしてしまいます。最近は読みかけの本を持って入るようになった。

 昨日は、午後3時過ぎにララ・ロカレに入ったら、ウェイターをしている方がいつもと違う服装でギターを弾いていた。

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 店の方に訊ねたら、毎週月曜日の午後、3時から4時までライブをしているのだと言う。

 本を読みながら、ギターをききながら、うとうと・・・・と、きっちり4時まで贅沢な時間を過ごさせてもらった。

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2013年6月12日 (水)

雨戸の節あな

私の兄弟が生まれ育った家で、私たち夫婦の子供も生まれた。登美屋という屋号で筏宿をしたその家は、88歳になる父が生まれた家でもある。

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今、かど先のせんだんに薄紫の花が静かに咲いています。

天気のよい日には、窓を開け夕方それを閉めに行く。そのような暮らしが続いていましたが、そろそろこの家も老朽化が進み取り壊すことになりました。

2階に上がり、久しぶりに私たちが子育てをした部屋にはいった。天気がよいので思いついて雨戸を閉めた。やっぱり思ったとおり。

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雨戸の節穴から入った光が障子に外の景色を逆さまに映した。

ここで暮らしているころ、雨が通り過ぎた天気のよい朝、障子に映る向かいの山を背景に、家の前を通る車や車道の前にあるちょっとした広場を歩く家族の姿を見ていたものです。

久しぶりの絵には、左下にせんだんの木の枝が写っていました。

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2013年5月22日 (水)

花の名

田んぼの草刈をしていると、刈ってしまうのがつらい、花がある。

ちょうど今の季節に咲き、子供達が幼かった頃、小さな手にいっぱい摘んできてはプレゼントしてくれた。

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それを小さな空き瓶に活けたものです。

名も知らない花たちですが、あの頃とかわらない子供達への思いがあることを教えてくれる。

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2013年1月11日 (金)

氷と雪と風と赤い花

メダカの瓶の水がきれいに凍った。

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氷の下の緑の藻が、その下でじっと寒さに耐えているメダカを守ってくれている。

12月の雪の日、庭の小さな木にも積もった。

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木の下に置いた熊を守るように、そこだけ緑の苔が見える。

雪は消え、冷たい風が吹くようになったとき、兄が「庭に植えなさい」と、くれた木は熊の上に赤い花を咲かせた。

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2012年12月 6日 (木)

偶然の暖かさ

 自分に元気をつけるため、朝は5時55分に起きるGOGOGOです。まだ暗いので頭に懐中電灯をつけ玄関で寝ているうっふ(ラブラドール・イエロー・15歳)を起こし家の周りを歩く。用足しを済まさせ、えさを与えると彼はもう一度玄関で寝始める。それから私は、薪ストーブの部屋に行き、炭の残り火を頼りに火をおこす。そして朝ご飯を食べて勤めに出るのが最近の日課。

 今朝、薪をストーブに入れていてびっくり。2本目に持った薪が先に入れた薪とぴったり、合ったというか会ったのです。去年割った薪同士が再会したのです。

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 割った薪は放り投げるとばらばらになってそれが山積みになる。しばらく放置したものを軽トラに積み込み、薪小屋に運び今度は整然と積み上げ一年寝かしす。冬になり必要な分だけを収穫用コンテナで部屋に運び入れ、鉄製のストーブ用の薪入れへ。それをストーブで順に燃やす。これらの手間の中で、ばらばらになるはずの薪が偶然元の形になった。これを腐れ縁と言うのか、お導きと言うのか。

 火を起こしながら、私のこれまでのさまざまな出会い、それによる思いが浮かんで、嬉しいやら、辛いやら。でも、よく考えてみたらいずれも、間違いなく実りあるものだった。これから先も偶然のさまざまを受け入れ精一杯、生きるのだと決めてストーブの部屋を離れた。

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 家族が起きてくる頃には、偶然の薪から起きた火が部屋を暖めてくれているだろうと、少しわくわくしながら、ほかほかの朝ご飯を食べた。

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2012年11月13日 (火)

奇絶峡にトロル

田辺市内から龍神へ入る右会津川沿いの道は、途中で奇絶峡を通る。

奇絶峡は、県の自然公園?かな。川には大きな石がごろごろあり、両側に切り立った険しい岩肌が見えるところです。

先日、奇絶峡を過ぎるところの橋を渡るとき『トロル』を見つけた。

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ちょっと見、天狗の様にも見えます。でも、突き出た鼻は火かき棒・・・・そう、『3びきやぎの がらがらどん』に出てくるトロルです。

いつも見る岩肌から、隠れていたトロルが急に現れたのです。橋のたもとに車を停め、これまで通り過ぎるだけだった歩道を行ったり来たりしながら岩の様子の変化を楽しんだ。

きっとあの岩の周りの緑の中に、硬いひづめと大きな角をもった 山羊のがらがらどんが隠れている。

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2012年11月12日 (月)

春と思え

 これまで何回洗濯したか知れない財布も、今時の全自動洗濯機にかかれば、何とか原形は保ったものの、「これは財布です。」か? みたいなことになった。

 30年ほど前、家内の実家からそれほど遠くない場所にジャスコ・オークワがあった。そこで思案の末に買った財布です。タイ製で薄っぺらで安かった。だからこそ私の小遣いを入れるのにちょうど良かったのです。最近になって小銭入れのボタンは取れたけど、別に不自由なく、かえって硬貨を落とさないようにと開くときにはこれまで以上に慎重にした。

 財布を洗濯した家内は、長女に買って送って欲しいと連絡をいれた。服以外を洗濯してくれることはよくあること、それにそう慌てなくても良いのにと思ったけど、数日後財布が届いた。

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 家内に負担をかけないように思ったのでしょう。私宛に添えられた手紙には、財布は春に贈るものだと聞いたから今を春と思え 洗濯した財布は大切に使ったものだから捨てずにコマと一緒にどこかに仕舞って置けばよい。と、いったことが書かれていた。

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 私は、厚くて立派な二つ折りの財布を持つことになった。洗濯してくれた財布は手紙の指示通り、長女が幼かった頃、肌身離さず持ったコマと一緒に棚へ仕舞った。

思い出も気遣いもうれしい、紅葉の春になりました。

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2012年11月 7日 (水)

久しぶりの奈良

 家内が友達のKちゃんと正倉院展を観に行くと言うので、あの人ごみはいやだが久しぶりに奈良を歩くことにした。国立博物館で二人は降り私はそのまま東に少し行き高畑のいつもの駐車場に車を止めた。

 奈良までの運転に疲れ、少しゆっくりしてから歩こうと思ったのですが、あいにく高畑サロンが休みだったので、そのまま志賀直哉旧居に入った。以前は、上がれなかった2階、入れなかった部屋にも入ることができるようになっていた。『暗夜航路』も、『城之崎にて』も読んでいないのに何度ここに来たことだろう。

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 旧居をで、ささやきの小道を歩き、春日大社を過ぎ若草山の下に続く石段の近道をさけ、アスファルト道を歩くと板塀に欄間のような自然のままの杉板がみえる。近くの斜面にある板塀も同じように設えは変わっていなかった。民家とはいえ、私の知る30年やそこらで奈良の風景が変わるはずはないのです。

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家族で何度も何度も歩いた道をひとり歩くのは、また別の趣がある。

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今度は、泊まってゆっくり歩こうと思っている。

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2012年10月20日 (土)

育った家

 民家を解体した材料を使って建てた家が私の生まれた家です。大正15年生まれの父も、私たちの子供もこの家で生まれた。この家で私たち家族は昭和の終わりまでをすごした。

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 鉄骨の部分は、私が高校生の夏休みに改築したところ。基礎工事から最後の仕上げ、朝から晩まで職人さんの仕事を手伝った。おかげで、湧水を集めて井戸に溜める工夫も、コンクリートで覆われ見えなくなったところの様子も思い出すことができる。

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 部屋への上がり口の木に今も残っている凹みは、物心ついたときからある。ここに『いしだま』(チャイナマーブル)を置き、棒ばかりの鉄の重しで「こん」とたたくと色鮮やかな縞模様の破片になった。それを少しずつ口に入れこりこり食べた。

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 二階の上み側は、私たち夫婦の始まりの部屋。風が吹けば蛍光灯を揺らして空気が通り、雨が降れば吹き込むこともあった。秋の台風や、冬の風には震えた。私たちは、古い板張り壁の隙間を埋めるために、子供が喜びそうな壁紙を張った。でも、あまり変わらなかった。

 屋根裏にスズメバチが巣を作った時は、洗濯物を干している間に蜂が紛れ込むこともあったから、子供たちの服やおむつだけはたたむにも裏返して見たり、手で挟むようにたたいたりした。

 この家で、私の兄弟も、私たちも、私たちの子も、雨の日は雨音で、晴れた日もそれとよく似たせせらぎの音で朝を迎え、育ったのです。

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