季節と暮らし

2009年12月13日 (日)

親と暮らす

正月を迎えるための準備のほかに、農協へ正月用の花木を出荷しなければなりません。

先日は、ウラジロ(しめ縄などに使う裏の白いシダ)の出荷が終わりそのあと、熊笹を出し、今はシキミ(仏壇や墓に供える)の出荷準備をしています。

おじいちゃんと息子が畑に行って切ってくれたものを、60cmの長さに形を整えて束ねるのですが、それが馴れないと早くはできない。土曜日の夕方家内がその作業をしているので「それでは私が」と手伝った。

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「お父さん上手」おだてているのではない、確かに私は上手なのです。20~30歳まで農協に勤めていたとき『店先で売れるよう束ねて出荷する』ことを尼崎か宝塚だったか、駅前の花屋さんに教えてもらってそれ以来続いているのだと思う。

今日はお母さんが御坊の実家へ行ったから、シキミを束ねるのは止めにして山に行くつもりだった。車庫から出ようとしたら、おばあちゃんがやってきてシキミを束ねる作業を始めた。そのままにしておくとせっかくのシキミが短く切られてしまい、出荷できないものにしてしまう。それで仕方なく一緒に作業することにした。

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おばあちゃん(母)は思いついたことはしないと気がおさまらない。小さなときから働きっぱなしで、休むことに罪悪感を持っているから、何かしていないとストレスになるので、ストップをかけることができない。付き合うよりほかに手はないのです。

そのような両親4人(龍神と御坊)の面倒を見続ける家内と息子はたいしたものだと思う。

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2008年3月19日 (水)

彼岸餅

曇りから雨になった一日(我が家の窓から)

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 我が家では彼岸といえば餅。おばあちゃんはこの日が最大のイベント、もしかしたら墓参りより餅つきの方が彼岸行事なのかもしれない。

 先日から、餅米をさがしてごそごそ、蒸すためのカマドをさがしてうろうろ。その都度お母さんが「何探してるん?」「○○は準備してるよ」を繰り返す。それだけではだめで、今度は私たちの方から具体的な方法を聞く「どれだけつく?」「ヨモギもいれる?」答えてくれる日もあるけど、面倒くさいときは答えてくれない。大体こちらが解っているのでそれでもいいのです。とにかく大切なことは一緒に暮らす両親のイベント、年老いた二人はいわゆる主催者なのですから、私たちはその意向を反映しながらの進行を心がけねばなりません。

 主催者が餅つきをするというのですから雨で荒れ模様の今日ですが、餅つきを決行しました。

 もち米は我が家の棚田でとれたもの、ヨモギはおばあちゃんが去年の春収穫して乾燥していてくれたもの、自分たち用のあんこ餅のあんはお母さんが今朝から炊いて用意したもの。

 米を蒸すのは外での作業。カマドは濡れないように廃品のトタンをさし掛けた。風が強いので、一旦火を起すとすごい勢いで燃えた。

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 私が餅をつき、お母さんが手水。おじいちゃんとおばあちゃんは審判?私たちの周りを歩き回ったり、じっと眺めたり。口を出したいところもあっただろうが、「じっと見守るのが子育ての基本」みたいに何も言わなかった。それでも、そばにいてくれるだけで安心して作業ができる。おかげで、きれいな餅につき上がった。

 例のごとくお母さんの焚いたあんこで、自分たちの分だけあんころ餅を作って、仏壇へお供えするまでに美味しくいただきました。これは信心より権利の問題とでも言うように。

 荒れ模様の天気の中で大変でしたが、両親のおかげで彼岸という季節を体で感じることができました。

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2008年2月14日 (木)

臆病はすてき?

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昨日の朝は、前日の雪が解けて凍ったので道はつるっつるでした。

 今朝はこの通り(写真)、冷え切った道路に薄雪、これに乾いた風が吹くとこんな感じになる。最近ずっと町の方に通っていますが今朝は、その途中で橋の上など何件かの事故に出会いました。

 私たちの暮らすあたりは大雪は降らないのですが、積雪でスリップすることは知っています。それに寒い季節の、陰と日向の道路の違い、橋と普通の道路上との違い、積もった雪と凍った雪や解けかけの雪での運転の違いなど、1日のうちでも様々な状況の道に出くわします。それで大概の人が急に変わる道路状況のこわさを知っているので、4輪駆動車に乗る人も多いですし、冬場のスタッドレスタイヤは必需品です。

 色々の場面で「なぁに、大丈夫大丈夫…」と言う人がいるが、そんな人はたまに迷惑この上ないことをしでかす場合があるから、私は彼らの自信や助言は信じないことにしている。自然の状況に対して臆病になることはすごく大事なことだと思います。

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2008年2月10日 (日)

強かに自然と暮らす

昨日は「みぞれ」と分類したほうが良いような雪でした。

 土曜の降り方がまともに雪だったら大変だったと思う。もう少しで雨になる雪がどんどん降った。だから積もる解ける積もる解けるを繰り返したので数センチ雪が残っただけです。私たちの暮らす標高350メートル位でこの状態ですから、600から上は大変だったと思う。聞いた話ではスカイラインで50センチくらい積もったらしい。

 私の勤める建設会社でも標高800メートル位で作業している現場があるので、担当者は頭が痛いと思います。知り合いもスカイラインの途中で林業架線の準備をしていましたが、しばらくは山に入ることはできないでしょう。山での暮らしはその時期の天気で大きく変わります。欲張りしても丁度ころあいの雪も雨も降ってくれません。その日そのときの天候に合わせて暮らすよりないのです。

 今日、母(おばあちゃん)は、雪で畑に出れないからと、短く切った孟宗竹を割り始めました。聞くと「苗代用の杭を作っている」のだそうです。稲の苗は箱苗にかわっているので不用な杭なのですが「いっぱい作っといて」と頼んだ。天気の変化で右往左往するのは素人、雪が降ろうとなにが降ろうと、先を見て積極的に取り組むのが自然相手に暮らす玄人。

 雪が降ったらそりで遊びたいと思っていた私などは、ど素人。無意味だろうが勘違いだろうが前向きな母に「苗代の杭は、もう使わん」とは言えない。今日は、80年自然を相手に暮らしてきた者の強かさを見せ付けられた。

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