日記・独り言

2008年2月22日 (金)

ホイモ券

里芋のことをホイモと呼びます。

我が家の食料庫「たまや」は、近所の食料品と雑貨のお店です。

 無駄のない暮らし、田舎での暮らしに地元の商店は大切な存在です。必要なとき必要なものだけを売ってくれるお店。そういう意味でたまやは我が家の食料庫なのです。

 買い物をすると700円で1枚の「ホイモ券」をくれますが、この券をためると100枚で500円の勘定で買い物ができます。

  そもそもこのホイモ券は、一つの親芋から沢山の小芋ができるホイモを縁起のいいものと考えた「たまや」の先代が考え出した「たまや」だけのサービスです。 たまやで買い物をするときなど、まるで単位が700円で変わるみたいに、金額合わせをしています。たとえば買い物の合計金額が650円だと50円分の品物を追加で買ったりするのです。

  買い物のあと財布にホイモ券を入れてためていました。あるとき、街のデパートで買い物をしたら、店員さんがおつりと一緒にホイモ券を返してくれたことがあった。(支払った千円札にはさまっていたらしい)たしかそのときホイモ券の自慢をしたと思う。

 子供たちはいつもこの券を数えていました。100枚ためて500円分自分達の好きなお菓子を買う・・・・・こんな贅沢ができたのです。今でも家に帰ってくるたび券が何枚あるか数えて100枚になっていると喜んでたまやに走っていました。

こんな思い出のホイモ券がこの2月末で廃止になると、レジの横に書いていた。娘もその小さなお知らせを見たらしく「さみしくなると」話している。

この店は私達の暮らしの一部です。ホイモ券はなくなっても、また新しい「たまやの思い出」が生まれていくでしょう。

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2008年2月 2日 (土)

常識って?

 ぶんたが前に焼いたチーズスフレがおいしかったので、よしっと思い立ち、お父さんに「今晩チーズケーキを焼くからクリームチーズを買ってきて」と電話で頼んだ。

 買ってきてくれたのは、四角いキャラメルみたいなのが、8個入ったものだった。160gあったからまあできないこともないし良いかと思った。

 それなのに余計な一言「これと違うのなかったかい?もっと塊になったやつで200gぐらいのなかった?」(とやさしゅうきいたつもり)

(ムッとしたように)「しらんよ。これはクリームチーズやだ。わしはこれしか見らなんだもん」とのこと。

「えーっ、大体ようチーズケーキ焼くって言うたら塊が常識・・・」といいかけて・・・。 

 ああそうでした。あなたと私の常識は違うんだった!

  小さなことから違う常識を、笑ろうたり怒ったりしながらすり合わせてきて今がある。

 もうええかげん常識は一致するかと思ってたけど、まだまだこれからも、違うんやと思うことがたくさんあるんやろうな

 で、チーズスフレはというと、チーズをおやつにつまんで食べてしまい、まだ焼いていません。(でも、落ち着いて考えたら塊より小さいほうがつぶしやすかったんやわ。)

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2008年2月 1日 (金)

思い出の本棚

長男が福岡に住んでいたときの話

 

「福岡に遊びに来ないか」という息子の誘いに、二つ返事で行くことにした。

息子とネオン街で遊ぶのも良いなあと思っていた。

酒の飲めない私は、でも息子とそんな店に行くのも照れくさい・・・

いろいろ思いをめぐらせていた。

ホテルも指定されたあたりにとった。

 

行った先は、夜回り先生の講演だった。

終わって帰り道、あやしいお店の前は素通り

とったホテルに息子も泊まることになったので、その夜はよいお父さんになった。

そして、飲めない酒でも飲むかとコンビニに入った。

酒やつまみ、そして一冊の本『子供が育つ魔法の言葉』を息子が買ってくれた。

「簡単だから帰りの飛行機で読んだら」とのこと。

 帰り道、本を開いて反省しきり。子供たちにとって良い親とは言えない自分に気づかされた。

 

そして、息子と暮らせるようになった今、時々「これ、読んでみる?」と本を渡されることがある。

私は、少しどきどきしながらページをめくります。

 

中学生の頃、親父にしかられたあと、泣きながら読んだ詩集

高校卒業の日、担任の先生がくれた本

頑固な歯医者が、村を離れるときにくれた本

読みすぎて、ページがなくなった絵本

そんな、思い出の本が本棚がある。

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2008年1月30日 (水)

大切な物

誰にだって大切な物がある?

 

先日、鼻の短い象のぬいぐるみを抱えた子供さんに出会った。

3歳だというその男の子は、長く使い込んだその象を大切そうにいつも抱えている。

私の作った「ムササビの飛行機」を飛ばすときには、手から離して側においた。けど一瞬だったように思う。

 

 

我が家の子供たちにもこの年頃にはそういった大切なものがあった。

「緑色のバスタオル」「‘こま’と名づけたぬいぐるみ」「乳牛のバスタオル」

他にもいいものがあったと思うけど、それ以外の物は必要がないみたいに離さなかった。

汚れても洗うことができないくらいに離さなかった。

 

 

3歳のこの子供さんを見ながら

私にとって大切な物は、他の人から見れば何の価値もないけど手放せない物は、たった一つの物は何だろうかと考えてみたけど、思い当たらない。

私にとって大切な一つの「物」が見つかれば、良いけどなあ

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2008年1月29日 (火)

師匠

 書道を教えてくださった師匠が27日に亡くなられた。

 

 今日、お葬式にお参りにしてお別れをしてきた。98歳だったそうだ。

 野球を教えていた頃は厳しい方だったらしいが、私は仙人のように穏やかな先生しか知らない。

 

 仕事でご一緒させていただいたのが縁で、「教えてください」とお願いしたのだが、途中で行かなくなったり・・・突然またやりだしたりと、気まぐれな私に気長に付き合ってくださった。

「昇段試験があるけど、今回は受けるかい?」

何度か電話を下さったのに

「ちょっと忙しいから書けないし・・・やめます。」の

返事が多かった。

13年ぐらいかかってやっと五段まで合格した。次は準師範の試験というところでやめてしまってもう6、7年になる。

 

 「人前で字を書いても恥ずかしゅうないようになってきたやろう。まあまた頑張りよし。」とほめていただいたことがある。やめようかなあと思っていたのときことだ。

 昇段試験のときには、なんどか電話で励ましてくださった。

「書きるかい?そんなこっちゃあかんのう。練習しよし。書いたらみてあげるから持って来よし。いいのを一枚だけと違うで。書いたのはみんなもっておいでよ。」と。

 怠け者の不出来な弟子は、先生から上手に背中を押してもらって何とか続けてこれたのだった。

 

 昔と変わらない遺影を見ていたら、

「書きるかい?いいやつだけとちごうて書いたのはみんなもっておいでよ。」

そういって下さった師匠の声を思い出した。

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2008年1月28日 (月)

白い雨

夕方から雨が白くなりました。

 

午後から降り始めた雨が夕方には白くなりました。

それでもまだまだ雨音が静かに聞こえてくるのでこのあたりは雪にはなっていないと思います。

このまま雨が上がると明日の朝は、家の向かいの山に雪と雨の線がくっきりと分かれて見えるでしょう。

そしてうっすら積もった雪は、松には松の、桧には桧のそして杉には杉のそれぞれの雪の積もり方を見ることができます。

 

そんなふうに雪の積もり方にもさまざまあり、普段とは随分違う景色を楽しめるだけでなく、山に新しい発見をすることもあります。

 

明日の朝が楽しみです。

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2008年1月24日 (木)

夫婦

 季楽里で若いご夫婦に出会った。仲のよさそうな落ち着いたいい雰囲気のお二人だった。聞けばこの夏ごろに結婚されたそうだ。

 私たちは結婚して30年近くになるが、新婚の頃はどんなだったのかなあと考えた。

 おじいちゃん達と同居して色んなことを助けてもらいながら、半人前の二人がなんとか今まで喧嘩しながらも一緒に過ごしてこれたのだなあと思う。

 喧嘩といえば思い出すことがある。長女が小学校1、2年生の頃のことだ。何で喧嘩したのだかは思い出せないが、(多分、布団を誰が上げるとか他愛もないことが原因だったのだと思う)朝、こぜりあいをしたのだと思う。

 学校から帰ってきた長女が、表に絵と一言を書いた手作りの封筒をランドセルから出して「お母さんこれあげる」といって渡してくれた。みると「おとうさんおかあさんけんかしないでね。アサガオの花きれいにさくからね。」と幼い手で書いた大きい目の文字が並んでいた。袋の中にはアサガオの種が何粒か入っていた。

 ドキッとして「これどうしたん」と聞くと、私たちの朝の口げんかを気にしていたのだろう。担任の先生が心配して聞いてくださったようで一部始終を話したのだそうだ。そしたら、先生がこの種を「これをお母さんたちにあげよし」といって下さったのだという。こんな思いをさせていたのかと情けないやら恥ずかしいやら・・・。

 で、その種を撒くまでまだ間があるからと台所の壁に貼っておいた。そのまま何年かそこに貼っていて喧嘩して腹が立ったとき、「おっそうや、あかんあかん」と戒めにしてきたように覚えている。

 その種と手紙は、いつかの大掃除のときにどこかに置いてそのままどうしたのかは忘れてしまった。

 だが、「おとうさんおかあさんけんかしないでね。アサガオの花きれいにさくからね。」という言葉は今も胸のすみっこに貼ったまま確かにある。

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2008年1月22日 (火)

暖かい電話

朝、お誕生日のお知らせをいただいた。

 「わざわざ有難うございます。何かお祝いをしなくてはなりませんね」

朝一番の電話は、憂鬱な電話が多いけど、家内はうれしそうに電話を切った。

電話を受ける前に、2~3回呼び出し音が鳴って切れていたから、先方も時間や内容で思案されたのでしょう。

 「今日は10才の誕生日ですよ」

そんな電話を下さったのは、白のラブラドール「はる」(シェリーの姉妹)を飼われている方でした。

「シェリー」は我が家の「うっふ」に嫁いできたので、飼い犬登録の誕生日だった1月1日を頼りにしていたのですが、今日はじめて出生の秘密を知りました。

 シェリーはいつまでたっても、落ち着きがなく、散歩の時間には吠え、「マテ」はよだれをたらたら、散歩に出るときはうれしくてくるくる回る。

でも、よその犬とはうまく付き合うし、冬イチゴも上手に食べる、おてんば。よく言えば、しゃきしゃきしている嫁です。

夫のうっふがぼーっとしているから、嫁がしっかりせねばと思っているのかも知れません。

 昨日は、家内の友人から

「なっとうしよんのよう(どうしてる)、元気にしよる(元気)?」

そんな電話をいただいたらしい。

今朝は、愛犬にお誕生日のお知らせ

照れくさくて思案するけど・・・「かけてみよう」

そんな電話をいただけることが、寒い冬には暖かい。

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2008年1月20日 (日)

大塔民族資料館

冷え込む一日。

朝から息子と一緒に割った薪を片付けて木納屋に積み上げた。

 

 午後、家内と旧大塔村にある民族博物館に電話をして見学させていただくことになった。

 

 「乙女の湯」近くの平瀬にあるこの博物館には、昔の地域の暮らしや動物、林業、炭焼き、川魚漁などのさまざまな資料があった。

日本オオカミの頭蓋骨に驚き、懐かしいもの、「そんな使い方だったのか」などの「目からうろこ」的な発見もあったり、昔の山まつりの様子がわかったりするものでした。

ここからは、地元の人たちが女性の寝顔に見えるから「乙女の寝顔」と呼ぶ山の稜線がくっきり見えました。

 

 小さな博物館ですが、時間をおいて行ったらまた新しい発見があるように思います。

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2008年1月19日 (土)

雪の思い出

雪だるまの写真をいただいた。

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 元旦は雪でした。

小さな雪だるまですが、橋の男柱にドッカと座ってます。

目は何の実だったか忘れたけど口は炭、結構凛々しい雪だるま。

 物心付いた頃、母(おばあちゃん)が雪でウサギを作ってくれた。

お盆にのせた小さなウサギの目となる実を探し、母と二人で雪の中を歩いた。寒かったけどわくわくした。

そして凍える手で真っ赤な実をウサギの目に入れました。

「ほんまもんのウサギみたいや」

多分、私にとって一番古い記憶は、この雪の日だと思います

懐かしいような暖かな写真をいただきました。

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